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yom yom ヨムヨム 23号 特別定価:780円(743円)

叶えられた祈り

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 庄野潤三さんは、遠藤周作さんや吉行淳之介さんらとともに「第三の新人」と呼ばれた作家のひとり。「第三の新人」の特徴である都会的な私小説を数多く書いています。
 その庄野さんが、「子供も大きくなり、結婚して、家に夫婦二人きりで暮すようになってから年月たった。孫の数も増えた。そんな夫婦がどんなことをよろこび、毎日を送っているかを書きたい」と、老夫婦シリーズをスタートさせたのは1995年のこと。以来、年に一作のペースで書き継いできました。「庭のつるばら」もそのひとつ。

 夫は日課の散歩を欠かさず、妻はピアノの練習に通い、料理が得意です。毎夜、夫のハーモニカに合わせて、妻が歌って、就寝。近くに住む長女や長男夫婦、次男夫婦、そして孫たちがひんぱんに顔を見せ、手紙のやりとりもします。町内の人たちと挨拶をかわし、到来物や手作りの料理を贈りあい、たまの外食は決まった店で決まった料理を食べて、「おいしい」と喜びます。庭には季節の花が咲きほこり、鳥がやって来ます。

 あまりに何でもない日常が淡彩の文章で何冊にもわたって描かれるので、「ただの日記じゃないか」「飽きずにくりかえし同じことを書いている」みたいな批判(?)もありました。その一方で、柔らかく明るく描き出される安定した平穏な日々は、読者を慰撫し、これまで庄野文学に縁のなかった若い女性層にも支持されてきました。文庫の解説を、江國香織さん、酒井順子さん、小澤征良さんなどが執筆しているのも、その証明のようです。

 老夫婦の生活には不愉快なことや騒がしいことが決して起きないように見えます。あくまで時間は静かに流れ、昨日と変わらない今日が終わり、今日に似た明日が始まる。老いや病、不安や心配はほとんど言及されず、いざこざや争いごとは出てきません。けれど考えてみれば、そんな世界がこの世に実際あるわけはない。庄野さんの作家的企みは、あくまで夫婦のよろこびに焦点をあてて、愉快ならざるものは消しゴムで徹底的に消すようにして、作品世界から排除していくことだと思えます。

 ただの日記でない証拠に、「庭のつるばら」は巧みな構成を持っています。
 こどもの日に、もう大きくなった子供たち(みんな40代でしょう)にお祝いを送る場面から始まって、母の日や孫の運動会を挟み、庄野さんの喜寿を記念して家族16人で伊良湖へ旅行する夏休みがクライマックス、そして敬老の日に庄野さん夫婦の計らいで孫の一人がお見合いをして、婚約が成立するところで、この長編小説は終わります。「とんとん拍子に話が運んで、婚約がきまって、こんなうれしいことはない。妻と二人でよろこぶ」。
 一年間に起きた出来事のうち、五ヶ月間だけをとりあげて、何を書くか、そして何を消すか、十分考えられているのは明らかではないでしょうか? 

 しかし、平穏無事な日常を描いていくわけですから、シリーズも巻を重ね、「うさぎのミミリー」「けい子ちゃんのゆかた」あたりまで読み進んでいくと、いつも通りの世界に浸れるよろこびはあるにせよ、確かにくりかえしは多いなあと感じます。
 僕が、先輩でもある担当編集者にそんな感想を述べたところ、
「あれは庄野さんの祈りだと思うんだ」
 祈り?
「祈りって、ほら、同じ文句をくりかえし唱えるじゃない? くりかえし同じ生活を書くことで、この生活ができるだけ長く続くようにと庄野さんが祈っている、その声だとおもう」

 庄野潤三さんの代表作に「静物」があります。これを読むと、まだ長女が二歳にもならなかった頃、夫人が(おそらくは夫が原因で)自殺未遂をしたらしいことが、きわめて低く静かなトーンで語られます。村上春樹さんも「静物」を「文句なく素晴らしい」と評し、この作品での作者=主人公の変化を、「彼は奥さんを守り、子供たちを守り、家内を安定させるという家父長の椅子に、自らの身を納めたのです」(「若い読者のための短編小説案内」)と看破しています。そしてその家父長は、以来四十年間ずっと家族を守りつづけ、ついに「庭のつるばら」や「うさぎのミミリー」の平穏を彼と家族(と読者)にもたらすことになるのです。

「yom yom」編集部(K瀬)

2008年09月16日
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