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yom yom ヨムヨム 23号 特別定価:780円(743円)

闇が来るまえに

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 小社は坂をのぼりつめた崖の上に建っていて、出社するたびにうんざりする気持になりますが、そのぶん、屋上からみる夕焼けはまあ捨てたものではありません。池袋、新宿、渋谷が西にあたるため、夕陽が照り映えさせるビル群の壮麗や、赤く染まった中野・豊島界隈の住宅地のでこぼこを、ヤヤコシイ仕事を一時的に放り投げてぼんやり眺めるのは悪くないものです。この場所この時間の愛好者は他にもいるようで、ふとみると、思いつめたような女子がいたり、煙草を吸う場所を求めてきたおっちゃんがいたり、ゴチョゴチョしてるカップルがいたり、うちの会社にもいろんなひとがいるなあと思わせます。

 大阪は夕焼けが名物なのだそうですが、そのせいかどうか、大阪生まれの開高健さんのはじめての光景は、下町の夕景色、だったと自伝的長篇『耳の物語』に出てきます。子供の開高さんが、誰かに手を引かれて、ゆったりとした大通りの坂道の頂上から下町の夕景色を見おろしている。五十歳を過ぎた開高さんにこの光景がよみがえり、「しばしば音楽となって心と体をふるわせることがあるのだった。(略)あたたかく、はげしく、滔々、また、蕩々と、ひろく、ふかく、はげしく、ゆるやかにわきたち流れて、さからいようがない」。

 幼時の記憶を描く箇所ですから具体的な描写ではありませんが、では、これだけのカラフルなボキャブラリーと豪奢なレトリックを誇る文章家が、自分の好きな夕焼けをとっくりと描けばどういうことになるか――
 例えば『輝ける闇』では、ベトナム戦争に従軍記者として赴いた開高さんが五感と官能を全開にして、アジアの街や戦場やジャングルの匂いや音や色彩を書きとめていますが、物語は夕暮に始まり、夕暮に終わります。
「ジャングルは長城となって地平線を蔽っている。その蒼暗な梢に夕陽の長い指がとどきかけている。農民も子供も水牛もいない。謙虚な、大きい、つぶやくような黄昏が沁みだしている。その空いっぱいに火と血である。紫、金、真紅、紺青、ありとあらゆる光彩が今日最後の力をふるって叫んでいた。巨大な青銅盤を一撃したあとのこだまのようなものがあたりにたゆたって、小屋そのものが音たてて燃えあがるかと思われる瞬間があった。(略)やがて夜が薄い氷のように小屋のすみからにじんで物の腰を浸しはじめた」
 という冒頭近くと同じ時間帯を、終幕の戦闘場面は扱います。
「藺草の沼にたどりつくと永かった今日が尽きかけていた。陽が対岸の梢に沈みかかり、さいごの精力が空で燃えていた。高い雲が紫紅色に輝き、空いちめんに血が流れていた。(略)陽が消えかかり、燦爛はすでに壊滅して空は夜に犯され、沼は暗かった。その全景をふりかえった瞬間、思わず眼を閉じずにはいられないライフルの底力ある掃射音が襲ってきた」

 しかし、開高健の最高傑作は『輝ける闇』につづく『夏の闇』。司馬遼太郎さんは開高さんの葬式で、「名作という以上にあたらしい日本語世界であり、おそらく開高健はこの一作を頂点として大河になり、後世を流れつづけるでありましょう」と弔辞を読み上げました。開高さん自身、ある裁判(さて何でしょう?)で『夏の闇』を解説して、「ジャングル戦にまきこまれまして二百人中生き残ったのが十七人という経験をした。(略)世の中一切のことに関心をもてなくなりましてまた外国をさまよい歩くわけですが十年前の女友だちと会いまして、その一夏を女友だちとすごす。食べること、眠ること、まじわること(略)ただひたすらそのことだけを書いたのです」。そして、弁護士に「膨大な小説になるわけですが」と問われると、答えて曰く「質は非常に高くめったに見られないぐらいの名作でしたけれども枚数では大したことはありません」。
 現物にあたって下さいというしかない名篇でありますが、ここには日本文学史上有数の夕焼けが出てきます。主人公が女友だちとドイツの高原でまじわり終えた場面。
「さまざまな地帯の国でこの時刻を見てきたが、夕焼けではなくて、何かまったく新しいものを見ているような気がした。真紅、紺青、紫、金、銀、無数の光が縞となり、靄となり、層となって、それぞれの色に徹しながらかさなりあって氾濫していた。色はかさなりあいながらも濁らず、それぞれが澄みきったまま、たがいにゆずりあったり、蔽いあったりし、透明をきわめた混沌を現出していた。湖や森や牧草地を浸しているものはすでに夜だが、それに呼応してか、あらゆる光彩のうちで赤と紫が空の前景となっていた。(略)巨大な構築物が煙をたてずに炎上しているかのようである。ある帝国の勃興か崩壊のようである。音もなく、声もなく全景はわきたつ大合唱でくまなく埋められ、……」

「yom yom」編集部(K瀬)

2008年11月14日
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