〈生誕80年記念出版〉と銘打って『向田邦子全集』が文藝春秋から刊行されているところですが、月報に連載されている爆笑問題・太田光さんの文章が、ぎょっとするほど素晴らしい。こんなに思いがこもり、よく考え抜かれ、読んでいて気持ちのいい作家論も珍しい気がします。
だいたい向田さんは、いろんな人物に名文を書かせてしまうひとで、たとえば山口瞳『男性自身 木槿の花』(新潮文庫・品切れ)の久世光彦さんの解説。『木槿の花』は、「週刊新潮」に八週続けて書かれた向田さんへの追悼文を中心としたエッセイ集ですが、久世さんの解説は、向田さんと山口さんに対する強がりと悔恨、愛情と流血、自負と尊敬に溢れた、文庫解説史に残る傑作になっています。
山口さんの追悼文も勿論いいものです。しかし僕が今度再読して興味をひかれたのは、ごく俗っぽい箇所でした。
「『あなたは文壇の原節子ですね』/と、私が言った。/『………?』/『永遠の処女……』/(略)/『あら、私、(男が)いるのよ』/と、現在形で言った。それから、急に早口になって、/『『
父の詫び状』のなかに出てくるでしょう。あの男よ』/彼女は『父の詫び状』のなかの、ある章の名を言った。その夜、帰宅してから、その章を読みかえしてみた。なるほど、彼女は、実に巧妙に告白しているのである」(「木槿の花(六)」)
気になりませんか? 若い時期の向田さんの恋人については、妹の和子さんが『
向田邦子の恋文』で明らかにしていますが、作家になってからの恋愛関係は謎めいたままです。僕は大いに気になって、『父の詫び状』をひっくり返してみました。
ヒントは、向田さんが、何年も前に書いたエッセイの題をパッと言えた点です。これはよほど特徴のある題だったか、「男」に関係の深い題だったか、ではないか? そうやって読んでいくと、僕の推理(!)では、「魚の目は泪」というエッセイの末尾に登場する、ウオノメができやすい友人こそ向田邦子の当時の恋人だと思えるのですが、どうでしょう?
「あれは一度出来ると癖になって、取っても取っても根絶やしにならない。その痛みは大の男でも涙が出ることがある。(略)/魚の目は小刀で用心しいしい掘り出すと、ポロリと取れる。真珠にしては小汚い、それこそ小鯵の目玉位のものですよ、ということであった」
向田さんの代表作『
阿修羅のごとく』には、男の足の爪を切る有名な場面が二つありますが、あの発想はこの恋人(?)のウオノメ取りにあったのかと勝手に思い、男の爪と言えば『飢餓海峡』の映画にも名場面があったなあと思い出したりもしていたのですが、ここで突然、別の人物の恋人の話になります。
たまたま石井妙子さんの『
おそめ―伝説の銀座マダム―』を読んでいて知ったことですが、白洲次郎さんと銀座の名物ママ、おそめさんとの親密な関係は有名だったそうです(実際どこまで深い仲だったか、石井さんはいくぶん留保をつけていますが)。次郎さんが亡くなった後、赤坂の蕎麦屋で白洲正子さんはおそめさんと遭遇します。『
いまなぜ青山二郎なのか』に出てくるエピソードですが、二人の会話は、男がいなくなった後の妻と恋人のやり取りとして俗物的に読むと、スリリングで興趣深いものがあります(まあ実際はそんな生臭さなど超越していたでしょうが)。それこそ『阿修羅のごとく』の台詞のように。
「私はまんざら知らない仲ではなかったから、挨拶をすると、ちょっと戸惑った様子だったが、そこは心得たもので、如才なく笑顔で応じた後、『おかわり』といって、たてつづけにコップ酒を二杯あおった。/相変らずいい飲みっぷりだなあ、と感心したが、『おかわり』をしたのは、つい鼻先でおそばを食べてる私が思い出せなかったためらしい。ややあって、『あのゥ、失礼ですが、白洲さんでらっしゃいますか』という。『そうですけど』と答えると、『すっかりお見それしました。昔は怖かったのに、あんまり優しくおなりになったので、……』といいさして、口へちょっと手をやって会釈をした」
向田さんが山口さんに打ちあける方法も洒落たものですが、おそめさんの白洲さんへの挨拶も水際だった鮮やかさではないでしょうか? 気まずい相手と同席した時、コップ酒を二杯たてつづけに飲むのは覚えておいていい手かもしれません。
おそめさんの義理の娘は女優の富司純子です。ここでクイズ。やくざ映画の名花・藤純子こと富司純子が唯一出演した、向田邦子原作の映画は何でしょう?
「yom yom」編集部(K瀬)