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yom yom ヨムヨム 23号 特別定価:780円(743円)

カメラ=万年筆論

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 というタイトルですが、べつに突然、ヌーヴェルヴァーグだのムーンライダーズだのの話をするわけではありません。吉田修一さんの最新長編『横道世之介』を読んで興奮したのです。
 この小説は、上京してきた青年の新生活を描いた吉田版『三四郎』とも呼ぶべきものなのですが、名前の通り、横道に入り込んだり、妙に女性と縁があったりもする茫洋とした世之介が終盤になって写真を撮り始めるのです。人はいいけれど頼りない(性格も三四郎の末裔の)世之介が、ふとカメラで現実を切り取っていく場面が、わけもなく心に染み入ります。

 さるアメリカ人が書いた今や古典的な写真論によると、「写真を撮るということは、写真に撮られるものを自分のものにする」ことであり、「世界についてのひとつの解釈なのである」。
 世之介は上京後一年がたって、ようやく世界を解釈し、自分のモノにしていこうとしているわけです。青年の出発を描く時に、「写真を撮る」という行為はなかなか相応しい設定なのですね。小説としても、撮影された光景がストップモーションのような、あるいは短いカットの積み重ねのような映像的な効果をもたらして、読む者に鮮やかな印象を残します。

 おまけに、先の写真論によると、「写真はすべて死を連想させるもの(メメント・モリ)である。写真を撮ることは他人の(あるいは物の)死の運命、はかなさや無常に参入するということである」。
 だから、写真撮影の場面を小説に描きこむことは、出発の明るさやストップモーションの効果と同時に、切なさや儚さや時の移ろい、いっそ「もののあはれ」のようなものまで滲ませることができるのです。
 たとえば太宰治「富嶽百景」のエンディングの記念撮影。実に皮肉で、明るくて、巧みで、ユーモアのある無常感。

 柳美里さんの『ゴールドラッシュ』末尾の写真撮影にはフラッシュのような鮮烈な鋭さがありますし、あるいは重松清さんの『きみの友だち』では、足の不自由な女の子があるきっかけで写真を撮り始めます。「両手をかざすようにカメラをかまえ、空のてっぺんにレンズを向けて、小さな雲を見つけた。ほら、チーズだよチーズ、と声に出さずに言って――シャッターを押した」。それから何年も撮り続けての感動的なラストは現物に当たって下さい。そして、『横道世之介』の結末も、写真の特性が実に活かされた展開をして、胸を打ちます。カラー写真がさあっとセピア色になっていくような。

 椎名誠さんは、写真集を何冊も出しているカメラマンでもあります。そしてカメラマンを主人公にした長編小説が『ぱいかじ南海作戦』。
「失業と離婚が同時だった」カメラマンの「おれ」が沖縄の小島でホームレス生活を送るのですが、まわりには似たようなドロップアウト組のあやしげなオッサンたちや元気で魅力的な女性たちもいて……タイトルが示すように、のんびりとした南島で奇妙な騒動が繰り広げられます。
 そして、やはり終幕にいたって(青年というには少し年を食っているかもしれませんが)「おれ」は久々に写真を撮ってから、再出発をしようとするのです。ここにも切なさや無常はあるでしょうが、シーナ文体らしい、高揚するエネルギーにあふれた文章です。
「そのままアダンの陰から出ていって海岸全体をレンズを通して眺めた。毎日ぼんやり見ていた海と白い砂浜であるが、十数年もそれを仕事としてやってきたカメラのファインダーから眺めると、どこか遠い昔の風景のように見える。(略)なんとも不思議な風景だった。シャッターボタンに指がかかったが、結局それを押す気にはならなかった。/一呼吸ととのえてカメラをぶら下げたままアパやキミたちのところに行った。二人の娘の前に立ち『お前らの写真を撮るぞ』と言った」
 この撮影で一歩踏み出した「おれ」が、残り三ページでする決意が絶妙! 

「yom yom」では椎名さんの“写真小説”を断続的に掲載しています。写真小説というのもナジミのない言葉ですが、椎名さんが撮った写真と小説を組み合せたものです。一見、写真は文章に対する挿絵的な位置にあるようですが、写真の方が(ものによれば二、三十年も)前に撮られたもので、それを考えると小説の本文こそ写真に対する長い長いキャプションのようにも思えます。けれど、作品は刺激的で、単に挿絵的とかキャプションといった言葉だけではこぼれ落ちるものがたくさんあります。いったん「自分のものにした」対象を、何年もたってから文章で再生し再構築する作業は新鮮さと想像力に富み、長年の愛読者である僕も、写真と文章をつき合わせたりしながら、唸ったり喜んだりして読んで(観て)いるのです。ぜひご覧になって下さい。

「yom yom」編集部(K瀬)

2010年01月15日
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