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yom yom ヨムヨム 23号 特別定価:780円(743円)

藤原正彦『若き数学者のアメリカ』

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 週刊新潮に連載中の藤原正彦さんのエッセイ、「管見妄語」を毎週楽しみに読んでいます。政治・経済、芸能にスポーツなど、多岐にわたり論じられるのですが、時にユーモア溢れる文体で、時に厳然たる姿勢で、時に詩情に溢れる美しい文章でと、藤原さんは毎週“顔”を変えられるのです。今週はどの藤原さんに会えるのだろうと、真っ先にページを繰ってしまいます。
 大ベストセラーとなった『国家の品格』を取り上げた回など特に傑作で、もし不祥事を犯したならば、「『国家の品格』の著者の品格」などという記事を週刊新潮が喜んで書くだろうから、女性関係には特に用心していると冗談まじりに書いてらっしゃいます。

 まず女性と1対1で会うことを極力避けるようにしている。話しているうちに相手が私への募る思いを抑え切れなくなり不測の行動に出る恐れがあるからである。/(略)/最近はハニートラップにも充分注意する。一昨年中国へ行った時は、念の為と女房を連れて行った。激しく迫るチャイナドレスの魅力に負ける自信があったからである。鬼のような女房が控えているのを察知したのだろう、さすがのチャイナドレスも恐れおののいた。ひそかに心待ちにしていた深夜のドアノックは一度もなかった。これだけ万事に警戒していれば何も起きないのは当然だ。近頃、何のために生きているのかよく分らなくなった。

 そんな藤原さんが30年以上前に書かれた名著、『若き数学者のアメリカ』では、若き日の藤原さんの様々な表情に出逢えます。
 1972年の夏から75年の夏――29歳から32歳までの3年間を、著者はアメリカ(はじめの1年はミシガン大学、残りをコロラド大学)で過ごしました。日常生活や講義でなぜか通じない自分の英語、セミナーでの講演の成功、突然襲った激しい孤独感と望郷の念、そこから回復し地元の人々に溶け込んでいった楽しい日々(アメリカ人が「マサヒコ」と発音するのは難しく、藤原さんは「デミアン」と呼ばれていたそうです。その理由は……ぜひ本書で確かめてみて下さい)、同じアパートメントに住む子どもたちとの交流、同僚の解雇と学者間の学閥争い、日常的に強烈な個性を発揮するアメリカの学生たち――。そして、アメリカで過ごした日々はそのまま日本について考える時間でもあり、結果、日本について再発見することにもなるのです。

 私は「アメリカには涙がない」ということに思い至った。モウハーヴィ砂漠にも、湖の青い水面にも、壮大なグランドキャニオンにも、どこにも涙がなかった。土壌に涙がにじんでいなかった。(略)私は日本で美しいものを見ても、それが単に絵のように美しかったから感動していたわけではなかったらしかった。その美しさには常に、昔からの数え切れない人々の涙が実際にあるいは詩歌などを通して心情的に滲んでいた。(略)飛鳥の里においては、万葉集に歌われた涙を肌に直接感じていたし、(略)恋路ヶ浜では、芭蕉がそこで拾ったというイラゴ石を波打際に拾い集めながら、あるいは、島崎藤村に歌われた椰子の実を波間に探しながら、連綿と続く涙の流れを胸に感じていた。人々の涙。昔の人々の涙。農夫の涙。漁師の涙。(略)裏切られた者の涙。失敗の涙。成功の涙。貧苦の涙。子を失った母の涙……。/私は、これらすべての涙をその風景の中に、足下の土壌に、辺りを包む光と空気の中に、瞬間的に感知し、感動していたに違いなかった。

 一気に綴られるこの「再発見」は、藤原青年の興奮と故郷を想う愛情と感動に満ちていて、この著書の山場のひとつです。『国家の品格』で語られた日本と日本語への想いは、このアメリカでの日々が礎になっていると言えるでしょう。
 2月27日発売のyom yom vol.14では、表紙をめくってすぐ、藤原さんのエッセイが掲載されます。「日本の女性の美しさ」について、アメリカでの3年間も含めた海外生活経験と、歴史的知識とを踏まえてお書き下さいました。日本や女性だけに限らず、美しさそのものについても一考を促され、知性と可笑しみが混在した藤原さんらしい名文です。ユーモアを愛する著者ならではのニヤッとしてしまうオチに向けて、様々に変化する“表情”にもご期待ください。

「yom yom」編集部(M・T)

2010年02月15日
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