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yom yom ヨムヨム 23号 特別定価:780円(743円)

恋文の名作

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 社会人になってから、手紙を書く機会が増えました。作家の方への原稿依頼やご本の感想、いただきもののお礼など、目的はさまざまです。会社の先輩や上司がほとんど皆、万年筆を持っていることにも驚きました。
 文字を書くのは好きなのですが、手紙を書くのは緊張します。何を、どう、どんな順番で――? こちらの思いが伝わり、なおかつ相手が読んで楽しい手紙にしたい。そう思いながら奮闘しますが、なかなか難しいものです。
文豪たちの手紙の奥義―ラブレターから借金依頼まで―』には、夏目漱石や森鴎外、太宰治など、名だたる作家たちが書いた手紙が紹介されています。文章のプロである作家の手紙はやはりすごい。熱い愛情の訴えや、必死の懇願が切々と綴られているものなど、どれも真摯な気持ちが強く伝わってきます。
 いちばん最初に紹介されているのは、夏目漱石が妻・鏡子に宛てた手紙です。ロンドン留学中の漱石は、鏡子から自分と母親の写真が送られてくると、こんな返事を書いています。
「久々で写真を以て拝顔の栄を得たが、不相変御両人とも滑稽な顔をして居るには感服の至だ」
 異国でひとり寂しいだろうと、せっかく写真を送ったのに、こんなことを言われてはたまりません。反面、ユーモラスな筆致に吹き出してしまいました。
 漱石って皮肉屋なんだなあ、と思って読み進めると、意外や意外、鏡子への別の手紙では、こんなことも書いているのです。
「おれの様な不人情なものでも頻りに御前が恋しい」
 どうでしょう。孤独で偏屈な男がふと漏らした本音、という感じがして、ドキドキしてしまいました。これまでの悪口雑言を帳消しにして余りある、情熱溢れる恋文です。
 恋文と言えば、向田邦子さんの妹・和子さんが著した『向田邦子の恋文』には、邦子さんが恋人に宛てた、こんな手紙も。

妹のはなしだと、ロクベエの落タンぶりは見るも哀れだとかで、私がいないと、火の気のない私のコタツの上でないているそうで、母などホロリの一幕があったそうです。やっぱりアイツはいい奴だ。誰かさんみたいに、こなくても平気だよ、なんて、ひどいことはいわないもん。

 ロクベエとは向田さんの飼い猫の名前。このとき邦子さんは、執筆のためホテルにカンヅメになっていたのです。猫は私を恋しがってくれるけど、あなたは「こなくても平気だよ」なんて突き放すんだから、と恋人をかわいく責めています。「いわないもん」の語尾が、冗談半分にふてくされているようで、とてもチャーミングです。
 ツンデレな漱石の一文もいいし、邦子さんのかわいいなじり方も素敵です。一生に一度でいいから、こんな手紙をもらってみたい――。けれど望みは叶いそうもないので、せめてこの二冊で「恋文」の世界に浸ろうと思います。この他にも魅力的な手紙が多数紹介されていますので、ぜひご一読を。

「yom yom」編集部(H・M)

2010年06月15日
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