梅原 猛
 江國香織
 大庭みな子
 竹西寛子
 林真理子
 水上 勉
 村上 龍
 山田詠美

       
 
 
 梅原 猛
大乗仏教の教説は「煩悩即菩提」という言葉に表現されるが、愛欲の強い人間ほど菩薩になれるというのである。好んで愛欲を描く瀬戸内晴美が寂聴菩薩に変身したのは、この大乗仏教の教義を身をもって実践したものといえる。華麗で豊饒な瀬戸内文学を楽しみながら、人間の業の深さを思い知ろうではないか。

 
 江國香織
寂聴さんの言葉はまっすぐで、妥協がなく、骨が色っぽい。それがこんなにたっぷりと揃うことの贅沢!
こんこんと湧く井戸水みたいに、つねに清冽な小説を生みだしてきた一人の女性の魂に、触れられる幸福を思う。日本文学の幸福。

 
 大庭みな子
瀬戸内晴美は勝手な生き方をした。夫と子供を捨て、若い男と示しあわせて家を出た。生き続けることは、おのれの罪を償うために書くことだった。彼女は黒い罪の塊であるおのれの姿をじっと見詰めて、そのすがた、かたちを写した。晴美さんは出家して寂聴師となり、なお、おのれの罪を償うために書き続けることで生きている。

 
 竹西寛子
瀬戸内寂聴氏の文章に私が詩を感じる時は、自分の中に無垢の優しさと暗黒とを見出している時だと思う。強い意志だけでも、上質の感性だけでも氏の現在はあり得なかったであろう。氏の長い道程は今ことごとく生動しているように見える。

 
 林真理子
寂聴先生は現代を生きる多くの女を救っているが、過去に生きた女の魂もまた救った。先生の伝記のおかげで、汚名をそそぎ、新しい生命を吹き込んでもらうことが出来た女たちが何人もいるのである。

 
 水上 勉
瀬戸内寂聴さんは文学者です。目まぐるしい現代社会に提言もします。塾もひらきます。現代に生きる文学者だからこそ教育界に提言もします。瀬戸内さんは私とは同年代を生きてきた人です。敗戦、飢餓、東京オリンピック、本全集は瀬戸内さんの文学的業績のすべてを編集しています。私たちはとうとう、日本文学の伝統を守って血汗を流してきた瀬戸内さんの人生が裏打ちされた文学全体を手にすることができるのです。

 
 村上 龍
瀬戸内さんの作品はいつもストレートに女性の精神的自立を描いている。ただそれは女性雑誌に載るような「その気になれば誰でもできる」といった曖昧な幻想に基づくものではない。瀬戸内寂聴のヒロインたちは自己資源を愛のために浪費する。そして地獄巡りの果てに勇気と癒しと自立を得るのである。

 
 山田詠美
後にも先にも、その人しかいないという作家のポジションに憧れる。瀬戸内作品を読むたびに、そこに行き着くために不可欠な文学に信憑性を与える人生というものを思う。浄化されたそれは美しい。