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 23:59 青山一丁目駅
 西尾琢郎(仮名)
(にしお たくろう)


     あれれ?

 と、西尾(仮名)は、ノートパソコンの液晶ディスプレイを凝視した。
 なにも、まだ手を触れていないのに、勝手にページが切り替わったように思えたのだ。「落合綾佳」のページであることは変わりない。でも、なにかがへんだ……。
 その最初の数行を読んでみて、西尾(仮名)は仰天した。

 文章が、書き換わっている! ぜんぜん、違う文章に変わっている!
 誰だ! ボクにことわりもなくこんなことをしたのは!
 イタズラか? 嫌がらせか?

「…………」

 ふと、編集部の斜め前のデスクが頭に浮かんだ。
 まさか、あの、羽根田慈子(仮名)が……。
 この前も、夜食にしようと思って机に載せて置いたピザまんを、二つとも食べられてしまった。あれは前日の競馬で大負けして、彼女の機嫌が悪かったからだ。あとで旅行先から買って帰ったTwizzlersとかいう、ひどくマズイお菓子を寄越してごまかされた。食べた感想を訊かれ、正直に言うわけにもいかず「これってすごくおいしいですよ~。ボク、こういうの好きなんですよ~」と答えたけれど、そのあと2日間下痢をした。

 いや、と西尾(仮名)は首を振り、自分の考えを否定した。
 かりにも彼女は、波乗王の編集長だ。いくら狙った大穴を外したとしても『99人の最終電車』の掲載に支障をきたすようなイタズラをするはずはない。

 じゃあ、なんだろう?
 もう一度、西尾(仮名)はディスプレイをみつめた。
 そして、さらに仰天した。

 時刻が1分進んでいたのだ!
 ページの一番上に置かれている「23:58 上野広小路駅」という表示が、いつの間にか「23:59 上野広小路駅」に変化していた。

 妙だ、と思いながら【前の時刻】をクリックしてみる。
「…………」
 するとどうだ!
 ちゃんと、さきほどまでバグ取りをやっていたページが現われたではないか。

 西尾(仮名)は、何度か、23時58分の落合綾佳23時59分の落合綾佳のページを切り換えてみた。
 つまり、書き換わっていると思って見ていたのは、59分のページだったというわけだ。

 まて。
 と西尾(仮名)は、深呼吸を一つして、自分を落ち着かせた。
 59分の綾佳のページができている?
 では、他のページは、どうなのだろう……。

 試みに【INDEX】を開いてみる。
 そこには、ちゃんと59分へのリンクが作られていた。いくつか試してみたが、「原稿準備中です。掲載までお待ちください!」のお詫びページではなく、ちゃんと原稿でページが埋められている。

 こりゃ、どういうわけだ?

 おや? と思ったのは、青山一丁目駅がアクティブになっていたことだった。
 青山一丁目なんて、夢人さんから原稿が来てたっけ? この駅から乗る人物は誰もいないはずだけど……。
 首を傾げながら、その青山一丁目をクリックした。

「…………」

 自分の眼が信じられなかった。
 そこには、【西尾琢郎(仮名)】というページができていたのである!

 こ、これ……ボクじゃないか。


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