Special Contents Part III(第2回)

鼎談:井上夢人×「くろけん」×「さる編」

企画当初は「92人の最終電車」だった!? 「くろけん」こと黒田研二さんの「乗客公募」入選秘話、「さる編」こと西尾琢郎さんの「99人」への熱い思い……。「99人」の歩みを隅々まで知る3人による、4時間におよぶ大鼎談。


◆鼎談 第2回 印象的なキャラ、そして知られざる「99人」の謎(!?)




越後屋トミー
黒田 昨日通読したわけですが、やはり通して読むとキャラクターの面白さを感じさせられました。たとえば「越後屋トミー」、最初のころは、このキャラに読者の人気が集まっていましたね。

井上 ああ、「越後屋トミー」は早々に退場しましたからね(23時58分から24時01分までの4分)。でも、あれを書くのはすごく面倒くさくて……あのでたらめ語には時間がかかったんですよ。

西尾 分裂気味にならないと書けないですね(笑)。


有馬直人

京徳好晴
井上 「越後屋トミー」の故郷の惑星では、お父さんは二人いてお母さんは一人だとか、うちに帰るとどうだこうだとか、懲罰のでんぐり返しは何回だとか、一応ルールを作った上で書いたのだけれど、でたらめ語を書くのくらい難しいことないな。逆に、書いていて一番楽だったのは、「本を読む男」(「有馬直人」)ですね。

西尾 あれは、書いているというより持ってきて貼っている(笑)。

井上 凝った割にはあまり効果がなかったなと思うのは、やはり「音楽屋」(「京徳好晴」)かな。僕は、MIDIが趣味なので、パソコンの音環境もそれなりのものが入ってるんです。それで曲を作っていた。でも、一般的なパソコンで音を再生して聴いたときにはがっかりしました。あんまりにも貧弱な音になっちゃって。

西尾 いや、高い支持を得てるんじゃないですか。あれはあれで、みんなが愛してくれているわけです。

井上 そうですか。でも、最初は音が聞こえないという苦情もあったんだ。会社のパソコンは音が出ないようにスピーカーがついてないって。会社で読むなよ(笑)。


千吉良理華
西尾 僕のなかでインパクトが強かったのが、「チャイナドレスの女性」(「千吉良理華」)。よく読んでみたらあの人は、たったの2分しか出ていない。それなのに、何か妙に思わせぶりなんですね。

井上 あれは絵の力ですよ。登場する前から絵だけは貼ってあって、あの女性の周りにいるキャラクターがみんな、彼女に注目していたんですよ。

西尾 そうか、彼女のイメージが他のキャラクターのなかでも描き出されていったんですね。

編集 でも、キャラクターはみな顔だけで、チャイナドレスは描けないでしょう。

井上 髪の毛とか、首のあたりの雰囲気がチャイナドレスなんですよ。

黒田 なんだか色っぽい。

井上 あれはワンポイント・リリーフだったけど、かなり成功したみたいだね。

西尾 登場前にあれくらい盛り上がったキャラは他にはいなかった。

井上 いつ出てくるんだ、いつ出てくるんだ。

西尾 ついに登場。でも2分だけだった(笑)。

黒田 僕も読み返してみて、あのインパクトある女性がたった2分間だけの登場だったことにはびっくりしました。

井上 越後屋トミーも4分とけっこう短いね。注目されるキャラって短いのが多いんだ。一生懸命考えて、ずっと登場している人物ってあまり顧みられていないなあ(笑)。


西尾琢郎(仮名)

西尾琢郎(本人)

鈴木みどり
編集 キャラクターで実在の人物は「西尾琢郎(仮名)」だけですね。談話室では「さる編」なんて呼ばれてますけど、写真をご覧いただいたらおわかりのように、実際は全然、サル顔じゃないですよね。

西尾 ありがとうございます(笑)。

井上 あれは、イラストを描いた谷口純平さんが勝手につくったんです。見せられて、あ、うん、そっくりじゃないか。

西尾 僕も大喜びしちゃった(笑)。

黒田 他にも印象的なキャラとしては、みどりちゃん(「鈴木みどり」)、いろんな男と関係を持つ女もいましたね。

編集 ああいうところは真剣に読みますね(笑)。

黒田 (笑)ただ、あれもみどりちゃんだけ読むと、ごくふつうの女の子なんですね。

井上 彼女は自分に正直に生きて、ふつうに考えているだけ。でも、周囲の彼女を見る目は違う。

西尾 天然系の女性。

編集 ところが、周りの人物のページを読み進めると、その辺がだんだん明らかになってくる。

井上 たいていそういう構造です。「99人」だからこそなんだけれども、自分の思いと、他人が見ている思いは違う。

編集 それをある意味リアルタイムで読めるというのが、この作品の特徴ですね。ふつうの書籍だと、やはりどっちかが前後にならざるをえないから、どうしても計算が入る。でも「99人」の場合は、どの順番で読むか分からないから、そういった計算が役に立たない。

井上 書いていて、ときどき自分でもわからなくなることがあるんですよ。あれっ、この人物はこういう性格していたんだろうか、何か変じゃないかって。でも最初から読んでいくと、ああこれでよかったんだとかね。それに、これは完全な計算違いだったんだけれど、あとになればなるほど1ページを書くために、事前に読まなければならないページが増えるんです。あっ、こいつも絡んでいたか、どういう具合だっけとか、何年も前に書いているんで思い出せない。

西尾 本人のそれまでの時間と、絡んでいる人間のそれまでの時間が累積してきますからね。

黒田 しかも、1分前に出てきたキャラクターを実際に書いたのが1年ぐらい前だったりするじゃないですか。1分前がじつは1年前。読む方もまた、全部を読んでそこまで辿りつかないと何がなんだかわからない。

井上 だから、つねにそのキャラクターは新鮮ですよ(笑)。最初は、周到に計算してあったつもりだったんだけれどなあ。とくにまずかったのが、くろけんくんの「人気キャラ投票」だね。人気のある人物をもうちょっと乗せておいた方がいいかなって、駅を乗り越したやつが何人かいるんですよ。それで計算が、だんだん狂ってきた(笑)。

黒田 いったい、それはだれですか。


三宅 聡

大野功一

駒形千佳子
井上 「一日恋人」みたいな男(「三宅 聡」)がいたでしょう。彼はもっと前に下車させるつもりだったけど、赤坂見附の駅でとうとう「大野功一」と会うことになってしまった。これは予定外の展開。というのも、あのころ純愛カップルとか言われてて、「三宅 聡」と「駒形千佳子」の人気が高かった。そうか、読者はこういうのが好きなのかって、ついつい読者の人気におんぶしてしまった(笑)。

黒田 結局、彼は降りましたよね、新橋駅で。

井上 降りたんだけど、彼女と一緒に降りてしまった。それで、大野くんにはすごく可哀想なことになってしまった。

黒田 たしかに、可哀想なキャラですね。ほんとうは大野って、それほどいやなやつじゃないと思うんですよ。でも、三宅と千佳子に肩入れして読んでいると、途中から登場する彼がものすごく悪者に見えてくる。二人がもっと早く電車を降りていれば、大野もここまで悲惨なことにはならなかったでしょうから、読者が彼を不幸にしてしまったのかもしれませんね。

編集 リアルタイムで筋書きが変わってゆくのは、ネットならではのお話ですね。

井上 ですから、読者の声に対しても、ああ、そういう見方もあるのかと、成り行きを若干変えるということもありますよ。しかし、だんだんキャラクターが尽きてくる……。僕って、引き出しが少ないな(笑)。

黒田 とりあえず、99人だけでも相当な引き出しですよ。

井上 いや、一番最初に僕が考えたのは92人だったんだ。ところが、西尾くんの上司が「キリがいいと言ったら、92より99の方がいいんじゃありませんか」ってね。で、あれれって、思っているうちに7人増えてしまった(笑)。

編集 「92人の最終電車」より、やはり「99人の最終電車」の方が余韻があっていい。でも、「92」という数字は正確にカウントして出した数字なんですか。

井上 ええ、ここで何人降りて、この駅で何人乗ってというのを全部カウントしてはじき出した数なんですよ。最終電車の乗客ですから、最初は圧倒的に男が多くなったの。それで、女性の数を増やしたり、若干の組み替えをして計算していって92人になったんです。

西尾 そもそも人名だけでも、数作品分を使いつぶしてしまった。くろけんさんの場合は、作中人物名はどうしてますか。

黒田 適当ですね(笑)。

井上 適当って難しいよ。

西尾 99人にもなると、適当という訳にもいかないですよね。重複のおそれがありますよ。


佐伯エマ
井上 僕はカミさんの学校の同窓会名簿、それの姓と名をバラバラにして、組み合わせた。もちろん、「越後屋トミー」とかいうのは違うけどね(笑)。それと「佐伯エマ」という名の外国人がいますけど、「メリー」じゃダメだな、とか考えてて、「エマ」なら英語にも日本語にもありそうだ、と。下手するとネーミングだけで2時間も食う。

黒田 じゃあ、このキャラだからこういう名前にしよう、というわけではないんですか。


東 大
井上 「東 大」(あずま まさる)っていますね。ラップというか……都々逸をやっているキャラ(笑)。こんな劣等生の名前が「東大」というのはいいんじゃないか、そういうつけ方はします。同窓会名簿がなぜいいかというと、かなり歴史のある学校なんです。だから、一番上は50何歳、若いのは卒業したて。この人物は何歳くらいだからこの辺から拾っておこうとかね。名前は時代がつくりますから、歴史の長い同窓会名簿じゃないとこの手は使えない。

黒田 なるほど、使わせてもらいます(笑)。

井上 読者の方から質問がありましてね。勤め人も乗ってるし、休日のような人もいるけど、いったい何曜日なんですか。

編集 なかなか鋭い質問ですね。

井上 これは「星曜日」です(笑)。

黒田 たしかに、季節もわからない。

井上 それも訊かれたことがある(笑)。

西尾 だからこそ地下鉄。外の様子を書かなくていい(笑)。これは期せずしてですけれども、登場人物も顔だけなので、コートを羽織っているのか、薄着なのかもわからない。

井上 そこら辺は一切書いていません、チャイナドレスくらいかな。時候、天候、曜日、そういう話は一切禁句。真夏に冬のさなかの話を読んだりするのは変でしょう。こんなに暑いのにと思いながら、冬の話は書けない。

西尾 執筆前は、寒くなる前に終わる予定だったんですけどね。夏にピーク、盛り上がりを迎えて秋に終焉を迎える……。

井上 書きはじめたときの気分としては、夏だったかもしれない。春夏秋冬全部入っている。漏れなく365日すべてお受け取りになれます(笑)。

黒田 面白いですねえ。季節も日にちも曜日もわからない。ただ、時間だけは分刻みで進んでいる。

井上 23時56分からはじめてますから、18分。完結して20分弱になります。

黒田 18分間の物語で6年を超える連載というのは、たぶんギネスものでしょう。

西尾 ギネスに申請するのって、お金が必要なんですかねえ(笑)。



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