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 23:56 浅草駅
 沢井 清
(さわい きよし)


     いい機嫌で笑い転げている延原を、沢井はその笑いにむりやり自分を合わせながら眺めていた。
 
 この酔っぱらいめ。
 延原の話は、まるで面白くなかった。これで自分では人を笑わせるセンスがあると思っているのだ。それこそお笑いじゃないか。
 
「でさ、第三に行ってマンテックビル関係の資料を持ってきてくれって課長に言われたわけよ」
 性懲りもなく、延原は続ける。沢井はうんざりしながらそれに応じた。
「マンテック……ああ、去年木更津に建てたヤツですね」
「そうそう。そしたら、あの丸山知子、どこに行ったと思う?」
 なにがおかしいのか、延原はまた笑う。
「どこです?」
「コンピュータ室」
「へ……?」
「コンピュータ室。第三をね、電算だと思ったらしいんだよ」
「電算! そうか、なるほど。第三と電算!」
「あの子、電算室に行ってさ、あのー、マンテックビル関係の資料ください!」
 
 延原はさらに声のトーンを上げて、けたたましく笑った。笑いながら、沢井の肩を叩く。
 すんでのところで、沢井はその延原の手を払いのけそうになった。思いとどまり、自分は膝の上のブリーフケースを叩いた。
 気安く人を叩きやがって。たった1年先輩というだけじゃないか。なにが電算だ。
 しかも、丸山知子を笑いものにして……。
 
「あの課長も、ズーズー弁入ってますよね。ダイサンがデンサンに聞こえてもおかしくない」
「そうなんだけどさ。考えればわかるじゃないか。マンテックの資料を、どうして電算室にもらいに行くの?」
「見方によっちゃ、可愛いですよ。あのー、マンテックビルの資料ください!」
「可愛い? うん、そうね。あの子、いいね。酔っ払うともっといいけど」
 
 ぎくりとして、沢井は延原を見返した。
 
「酔っ払うと? 飲むんですか? 彼女」
「いや、それがほとんど飲めないんだよ。あっという間にベロベロ」
「……いっしょに飲んだこと、あるんですか?」
「あるよ。あれ……ああ、そうか、沢井君、入る前だ。君といっしょじゃなかったな、あの忘年会は」
「忘年会……」
「そ。もう、ほとんど意識なくってさ。オレ、彼女かついで送ってったんだから」
「……へえ」
 
 送っていった……。
 この延原が、酔った知子を送っていった。
 
「それがさ、なかなか、いいボディしてんだよな、あの子」
 
 沢井の酔いがさめた。
 
「ボディ……」
 延原は、意味ありげに笑いながらうなずいてみせた。
「出発、進行!」
 突然、延原が大声を上げ、沢井はブリーフケースから顔を上げた。
 ドアが閉まった。
 
 この野郎……。
 沢井は、ブリーフケースに目を落とし、大きく息を吸い込んだ。

 
    延原昌也

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