24:00 表参道-外苑前 |
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留美は、以前、蓮見先生が公雄について言った言葉を思い出した。 「ひっぱたいてやりたいと思いましたよ。叱られながら、ヘラヘラ、笑ってる。なにがおかしい、と訊いたら、べつに、と言いながら鼻をほじる。真面目にやれ! と怒鳴ったんですよ。そうしたら、突然、立ち上がって直立不動の姿勢で敬礼する。他の生徒たちが吹き出して、逆に得意満面の顔で見返してきた」
そういう天野の態度は、あたしだけではなく、2年を受け持っているほとんどの教師が感じていたことだろう。 そんな公雄が、なぜ自殺などしたのか?
蓮見よりも自分の叱る言葉のほうが公雄にショックを与えられるとは、留美には思えなかった。
電車が停まって、留美は顔を上げた。
公雄は、ノートに〈菊池〉と何度も殴り書きし、それを赤いバツ印で消していた。
職員室で叱られた腹いせに、よけい留美を困らせるようなことをするとか、あるいは仕返しをしようと考えるならわかる。以前、教壇の椅子にぺったりと木工用のセメダインが塗られていたことがあった。犯人はついにわからなかったが、あれもおそらくは公雄がやったことだろう。
留美には、やはり天野公雄の自殺が信じられなかった。
そうであってほしい、と留美は思った。
国語のノートに書かれた公雄の文字が、留美の頭から離れなかった。目を閉じると、赤いバツで消された自分の名前が瞼の裏に現われる。 ふと、留美は、息を止めた。 赤鉛筆に、持ち替えた……?
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