兼田は、クーラーバッグに額を押しつけた。
そのまま眼を閉じる。
あまりの緊張に、気を失いそうになる。
こんな極度の緊張を味わうのは、生まれて初めてだった。プレッシャーには強い人間だと、兼田は自分のことを思ってきたが、それが大きな間違いだったと悟った。
プレッシャーに強かったのではない。そもそも、私はこれまで、本物のプレッシャーなど受けたことがなかったのではないか。あるいは、普通のプレッシャーに関して、私の精神はあまりにも鈍感にできているのではないか。
これが、プレッシャーなのだ。プレッシャーとは、こういうものなのだ。
喉がカラカラに干上がっていた。
脇の下を冷たい汗が伝い落ちていく。
肋骨が、万力で締めつけられているように痛んだ。
お願いだ。
お願いだから……。
唇を、強く噛んでみた。
感覚が失せている。力一杯噛んでいるのに、まるで痛みを感じない。
あるいは、噛む力が失せているのかもしれなかった。顎に力を入れているつもりで、まるで力などなくなってしまっているのかもしれない。
尻に伝わってくる振動が、唸るような音を作って鼓膜を振動させていた。
息ができない。
誰か、助けてくれ――。
・・・
はっとして、兼田はクーラーバッグから顔をあげた。
いつの間にか、電車が停まっていた。
ドアが大きく開き、斜め前にいたはずの酔っぱらいたちの姿が消えている。
「…………」
兼田は車内を見回した。
様子が違っていた。何人かの乗客が消え、別の何人かが現われている。
寝ていた……?
まさか、と思い、兼田はホームに目をやった。駅名表示がここからでは見えない。
どこだ? まさか、銀座を通り過ぎているわけじゃないだろうな。
あ、と思って腕の時計に目をやった。
もうそろそろ、零時2分。
ふう、と息を吐き出した。それと同時に、ホームで「はい、ドア閉まります」とアナウンスが鳴った。
どうやら、ほんの一瞬、気を失っていたらしい。
眠ってしまったのか、気が遠くなったのか、どちらかよくわからなかった。
泣きたいような気持ちになった。
音を立てて、ドアが閉じた。
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