《お前が人間だとしたら》と、肉腫は言った。《私は、さしずめ、人間の手首に生えた肉団子というところだな》
言って、肉腫は、キュッキュッ、と鼻の頭に皺を寄せながら笑った。
《人間の手首に生えた肉団子。けっさくだな。うまいことを言う。一本、取られましたね、ってか?》
「おかしくもなんともないよ」
英和は、ため息を吐き出しながらつぶやいた。
どうして、こんなことになってしまったのだろう?
ふん、と肉腫は、また鼻を鳴らした。
《ユーモアのわからない奴は、イヤだね》
夢なのか? 幻覚なのか?
では、どうしてこんな夢をみる? どうして、こんな幻覚が現われるのだ?
《おい。もう一枚、ハンカチを持っていないかね?》
「ハンカチ……?」
《ああ。さっきのはうまかった。今日は、やたら、繊維質のものが食べたい気分なんだ》
「ないよ」
《ない……》
肉腫は、悲しそうな顔をした。
《ハンカチは、最低2枚はつねに所持しておくべきだ。それが、たしなみというものだぞ。3枚であれば、なおよろしい》
「どうして、ハンカチなんか食べるんだ」
《どうしてだと? 美味しいからにきまっているじゃないか》
英和は、力なく首を振った。
《じゃあ、お前は、どうしてハンカチを食べないのだ》
「そんなもの、食べられるわけがないだろ」
《私は、食べられる》
勝ち誇ったように、肉腫が言った。
どうにかしなきゃいけない。こんな状態がいつまでも続くのはたまらない。なんとかしなきゃ。
《では、ティッシュなら持っているだろう》
肉腫は、ニタニタと笑いかけながら言った。
「ないよ。ハンカチも、ティッシュもない」
《なんだお前、朝、駅前で配ってるヤツをもらわなかったのか? 差し出されたものは、感謝の気持ちで受け取るべきだ。失礼だとは思わないか? ティッシュを配っている者の気持ちを考えろ。お前が受け取ってくれなかったことで、どれだけ傷ついているか》
「ちょっと黙っててくれよ」
《なんだと? お前は、人の忠告も聞けないのか? 親切に教えてやっているのに、黙れとはなんだ》
「ベラベラしゃべるな」
《私が、いつ、ベラベラ、などとしゃべった? そんなことは、ひとことも言っていないぞ。名誉毀損で訴えるぞ》
「なんで、しゃべるんだよ」
《ばかだな。口でしゃべっているにきまっているだろう。口は、なんのためについている? 食べるためと、しゃべるためだ》
ふと、英和は不安になった。
「お前たち、みんなしゃべるのか?」
《当然》と、肉腫はすました顔で言った。《な、みんな?》
とたんに身体のあちこちから声があがった。
《話せるにきまってるじゃん》《失礼なことを言う人ね》《ばっかじゃないの?》
「…………」
英和は、眼を見開いた。
「どうかしてる……オレは、気が狂ってしまったのか?」
思わず、声に出して言った。
《お前が狂っているのだとしたら、私は、さしずめ、狂ったヤツの手首に生えた肉団子だな》
身体中の肉腫が、いっせいに笑い出した。
どうしたらいいんだ……。
英和は、手首から目を上げた。
電車が停まっていた。また、どこかの駅に着いている。
首を回し、ホームのほうへ目をやる。駅名表示が見えなかった。
どこだ? ここは、どこだ?
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