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ホーム中程にある改札を抜け、能瀬朝子は浅草寄りへ足を向けた。
まだ、電車は来ていない。少し時間もあるようだ。
青白い顔の太った男が、無遠慮な目を向けてきたが、朝子はそのべとつ
くような視線を無視して歩き続けた。手提げの中に手を突っ込み、スタン
ガンの存在を確かめながら、ホームの一番端で立ち止まった。
なにを見てるんだよ。このスケベ野郎。
こんなオバサンが珍しいか。
スタンガンは、参考にと言って手に入れてもらったものだ。
頼み込んで夫の腕でその威力をテストしてみた。服の上からのテストだ
ったが、夫の腕にはやけどの水膨れができた。相当の威力だ。防御のため
に作られたということだが、絶対に嘘だ。これは攻撃のための武器だ。
松波幸三郎の背中にこのスタンガンを押しつける瞬間を、頭に思い描い
た。
眼を見開き、全身を痙攣させ、口から白い泡を吹き、そして床に崩れ落
ちる。
やはりスタンガンを押しあてるのは背中だろう。胸に押しあてれば、そ
の瞬間にショック死してくれる可能性もあるが、反撃を食らう恐れも充分
にある。年寄りとはいえ、松波も男だ。反撃してくれば、女をはね飛ばす
ぐらいの力はあるだろう。
だとすれば、やはり背後からだ。安心させ、壁の前で背中を見せたとこ
ろで、一気にスタンガンを押しつけるのだ。苦悶の形相も、背中からなら
見ないですむ。
息の根を止めるのは、松波が気絶してからでいい。
実際に殺すのは、それでいい、と朝子は小さくうなずいた。
問題なのは、むろん、その後だ。
大々的に行なわれる警察の捜査から、いかに逃れるか。それを充分に練
っておかなければ話にならない。
松波幸三郎は、社長室の窓から十数メートル下の路面に墜落して死ぬこ
とになる。
その墜落の瞬間を、大勢の人間が見ている。その目撃者たちの中に松波
を殺した犯人も含まれているなどと、誰が考えるだろう。
自殺と思われていた松波の死に、他殺の疑いが生じたとしても、目撃者
の一人である以上、容疑はかからない。
そう、だから……と、朝子は考えた。
だから、現時点での大きな問題は、2つなのだ。
目撃者たちへの演出と、仕掛けの後始末――この2点。
ふう、と朝子は息を吐き出した。
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