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 24:02 銀座駅
 竹内重良
(たけうち しげよし)


    「1番線、お下がりください。渋谷行、参ります。1番線に参ります電車、渋谷行です」

 構内アナウンスが告げて、竹内は背筋を伸ばした。
 それとなく、電車を待っている利用客たちに目を走らせる。

 付近にいる客に変化はなかった。
 1番線側で待っている4人の男たちは、誰もが無表情で、誰もが疲れているように見えた。犯罪者の臭いをさせている奴は1人もいない。

 いや……。

 竹内は、ふと考えた。
 もし、犯人が、渋谷行と浅草行の両方の電車がこの銀座駅を同時に発車することに着目して身代金の奪取を考えたとするなら、いわゆる誘拐犯タイプの人間とは違うのではないか。

 ほとんどの場合、身代金目的の誘拐犯は粗暴な連中である。考えもなく、短絡的に犯罪に走ってしまう馬鹿野郎たちだ。
 海外の誘拐組織に見られるような軍人やゲリラタイプの犯人は、日本ではまずいない。
 その点、身代金を目的としない誘拐の場合は、犯人は変質者的な性格を持った人間が多い。女が犯人という場合の多くは、子供ほしさ、というヤツである。

 だが、これが時刻表の数字の一致といったものから計画された犯罪だとすると、単なる粗暴犯タイプの犯人ではないのではないかという気がしてくる。
 どこか、発想がゲーム的なのだ。
 それはある種、詐欺師的な感じを抱かせる。
 詐欺犯罪を行なうのは、当然のことながら知能犯である。粗暴犯とはまったくタイプが違う。

 なにか、妙だ……と、竹内は思った。

 それは、捜査本部で聞かされた犯人の電話の声の印象とのギャップからきているのかもしれない。
 あのテープの声を聞いて、竹内は、いわゆる粗暴な犯人をイメージしたのである。

「何度も言わせるな、馬鹿野郎。11時57分発だ。浅草を11時57分に出る地下鉄に乗りゃいいんだよ。そのケツの箱に乗んな。間違えるなよ。一番ケツの箱だ。それで銀座で降りろ。降りたところに突っ立ってりゃいい。わかったか」

 どこか、イメージが噛み合わない。

 ゲーム的な犯罪計画を立てる人間のしゃべり方には思えなかった。
 それとも、では、同時刻に上りと下りの電車が発車するというのは、犯人の頭にある計画とは無関係なのだろうか?

 電車の接近する音が聞こえてきて、竹内は思考を中断した。
 まもなく、轟音とともに銀色の車体が1番線に現われた。最後尾車両が、竹内の目の前で停車する。

「ご乗車、ありがとうございます。銀座でございます。忘れ物、落とし物ないよう、ご注意下さい。1番線の電車、渋谷行でございます」

 最後尾車両の3つのドアから7人の乗客が降りた。ホームにいた4人が、さっさと電車に乗り込む。
 降りた7人は、全員が中央階段のほうへ歩いて行く。

 最後尾周辺のホームには、2番線の浅草行を待っている乗客1人と、竹内だけが残された。

 ホームに下りた車掌が、口に笛をくわえたまま、竹内のほうへ視線を寄越した。


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