![]() | 24:03 末広町駅 |
朝子は、右のこめかみに指を当て、やや強めにそこを揉んだ。 また、かすかに頭痛がする。耐えられないほどではないが、最近、眼の奥に鈍痛がある。どうやら痛みが慢性化しているようだ。薬を飲むのは好きではないし、眠くなってくるのもイヤだから、なるべく服用は避けているが、それでも耐えられないときは白い錠剤をコーヒーで流し込む。薬に依存してしまうようなのはイヤだ。
夫は医者へ行けと言うが、病院は薬以上に嫌いだ。あの消毒薬の臭いが耐えられない。 ああ、イヤだ。 窓の外……。
と、朝子はこめかみを揉み続けながらつぶやいた。
しかし、いくら2メートル60センチであっても、上から落下してくる物体がその窓の向こうを通過する時間は一瞬だ。人間の身体がどのぐらいのスピードで落下するのか百科事典で調べてみたが、むずかしげな数式が書いてあるばかりでさっぱりわからなかった。
しかし、とにかく一瞬だ。 あ。 と、いう間の出来事なのだ。 だから、目撃者は大勢でなければならない。その会議室にいる30人全員の視線が、ちょうどその瞬間に窓のほうへ向けられていなければならない。30人いれば、その中の何人かは、確実に、落ちていく松波幸三郎を目撃するに違いない。
もちろん、それが松波社長だと視認できる者など、超人的な動体視力の持ち主でないかぎりいるわけがない。見分けられなくていいのだ。 その瞬間にアリバイが成立する。 だから、最大の問題は、どのようにして会議室の30人の視線を、同時に窓のほうへ向かせるかということだ。その状況が作り出せない限り、アリバイは成り立たない。
しかし、これが厄介だった。
今日のテストで、自動的に死体を窓から落とすことが可能であることは確認できた。3回テストを繰り返したが、死体代わりの砂袋は、一度の失敗もなく机の端から床へ落下してくれた。 時間が一定しないのだ。
装置をスタートさせてから砂袋が落下するまでの時間は、最小が18分50秒、最大は22分30秒だった。 どうしたらいいのだろう……。
朝子は、またこめかみに手をやった。
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