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 24:04 上野広小路駅-末広町駅
 落合綾佳
(おちあい あやか)


     そういうのは、くやしいよなー、やっぱり。

 綾佳は、パズ研が書いた丸っこい文字を、ピン、と指ではじいた。

 そう。
 たとえ電話をかけるにしても、ヒントを教えてくれってのはイヤだ。なんだか、いかにも自分が網に引っかかったお魚だって認めてるみたいじゃないか。電話の向こうでパズ研がニタニタ笑っている顔が目に浮かんでしまう。

 そうじゃなくて、もし電話するとしたら、問題全部解けちゃったぜ、っていうんじゃなきゃ面白くない。

「メチャ簡単じゃない。あたしの場合、こういう暗号パズルって今までやったことなかったけど、帰りの電車の中でチョコチョコっとやってみたら解けちゃった。あ、そうか、あれは素人向けの問題だったわけね。誰でも、簡単に解けちゃうヤツなんだ。でしょ?」
 パズ研、つい言葉につまってしまう。
「い、いや……それなりに、レベルは高いヤツを作ったつもりだったんですけど」
「えーっ? あれが、レベルの高い問題なの? なーんだ。たいしたことないのね。ちょっともの足りなかったな。パズ研って、もっと高度なことやってるのかと思ったけど」

 けっけっけ。

 綾佳は、おかしくなって、エイッエイッ、とまたパズ研の名前を指ではじき飛ばした。

 いや……。

 綾佳は、その指で自分の頬をコリコリと掻いた。

 こんなだから、いっつも男が逃げちゃうんだよ。
 たとえばさ「えーっ、あたしィ、こんなの難しくてわかんなーい!」とか言って、ちょっとクネクネしてみせて、横目で見上げてあげるぐらいのことやんないと、男の子は捕まえらんないんだよね。きっと。
 ミチコだったら、ぜったい、そうするな。
 あいつは、そういう男の操縦法にたけてるから。

 でもなあ、あたしには無理だよなー。

 結局、自分をそのまんま出しちゃって、逃げられちゃうんだよなあ。
 ソンだなあ、こういう性格って。
 可愛らしくしてるなんて、自分でも笑っちゃうし、お見合いかなんかやっても、地を出してゼッタイ断られるな。
 就職しても、きっとお局様になるタイプだわさ。若い女の子の新入社員は、どんどん結婚相手捕まえて辞めていって、あたしだけずっと残ってる。そういう若い子つかまえて「あなた、もっとちゃんと仕事してくれなきゃ困るわよ。会社をなんだと思ってるの?」とか嫌味言って、嫌われちゃうんだ。

 あーあ。

 目指せ、お局。蹴散らせ、美人。……とか言って。

 綾佳は、パズ研の丸文字を指先で撫でた。
 紙をひっくり返し、また問題を眺めた。

 2つのグループを組み合わせるのかぁ。
 ええと、第2グループは数字が8つ並んでて、だな。第1グループのほうは……。

 ん?

 綾佳は、問題のプリントを持ち直した。
 ちょうどその時電車が駅に到着して、綾佳はつられたように顔を上げた。
 首を回し、駅名の表示を見る。
 末広町。
 斜め向こうに、中年のオバサンが腰を下ろしたのを見届けて、綾佳はまた問題に視線を戻した。

 第1グループには、8つの文字の並びが8組ある――。

 8つの文字が8組。そして、8つの数字。

 これ……ポイントだろうか?

 綾佳は、小さく下唇を噛んだ。
 

    中年のオバサン

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