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こいつは、酔っぱらっちまいましたか?
階段の手すりにしがみついて、小田切は、クスクスと笑い出した。
右足と左足が、どうして交互に動いてくれないのでありましょうか。
よろしい? あのね、かわりばんこに前に出てちょうだいね。そうする
と、たぶんうまく階段を下りれちゃうんだからね。
手すりにしがみつきながら、小田切はホームへ降りた。
数メートル先のホームの端に、線路を覗き込むようにしてしゃがみ込ん
でいる男がいた。
あらら、ご同輩。
気持ち悪くなっちゃったの? かわいそうね。安いお酒だったんじゃな
いの?
ボクなんかね、今日は、特別にいいお酒でしたよ。あんまりいいお酒だ
ったから、お金なんて、残ってないの。なんてね、あははは。
小田切は、首をフラフラと振りながら、しゃがみ込んでいる男に笑いか
けた。男は線路を覗き込んだまま、顔も上げなかった。
ねえ、どうでもいいけど、この駅、どこか歪んでません? これ、まっ
すぐ?
ちゃんと電車、停まれんのかしらね。おうちに帰りますから、よろしく
お願いします。ちょっと酔っぱらってますけど、まあ、いつものことです
んで、気にしないでくらさい。
ポケットに手を突っ込むと、小銭が指に触れた。取り出して、目の前で
小銭を数える。
ええと、ここに10円玉が2枚あります。5円玉が1枚。1円玉も1枚
あります。
はい、全部でいくらになるでしょう。
そうです。26万円です。大金ですね。ボク、大金持ちですね。
小田切は、小銭をポケットへ戻した。戻すとき、10円玉が1枚ホーム
に転がったが、それに小田切は気がつかなかった。
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