|
半ば駆け足でホームの一番端まで歩き、朱美は、また自分の後ろを振り
返った。
「…………」
気配が消えていた。
先ほどまで、ずっと朱美の後ろを歩いていた男の気配が、どこにもなく
なっている。
振り切ることができたのだろうか……。
その自信はあまりなかった。
浅草行の電車が、目の前に停車してドアを大きく開けている。その一番
先頭の車両だ。ドアを潜ろうとして、朱美は再び後ろに目をやった。
ホームは閑散としている。利用客の姿はほとんどない。
いつ発車するのか、まるで朱美が乗り込むのを待っているかのように、
電車はドアを開けたまま停まっていた。
振り切れたとしても、アパートへ帰れば、また同じことだ。
朱美は、バッグを胸に抱きしめるようにして、肩をすぼめた。
あいつは、アパートを見張っている。この2週間、ずっとそうだったよ
うに、今夜もあいつはコンビニの脇から、朱美の部屋を見上げているに違
いない。
いやだ。もう、いやだ……。
たまらなかった。こんな恐ろしい目に、どうして遭わなきゃならないん
だろう。あんな変質者に、いつまでつきまとわれなきゃならないのか。
電話のベルが怖くなった。
ノックの音が怖い。
郵便物を開けるのが怖い。
部屋へ入るのが怖く、そして、部屋を出るのが怖い。
朱美は、開いたままのドアから、電車の中を見た。
乗客の数はさほど多くなかった。
とにかく、乗らなくちゃ。
思ったが、朱美の足は凍りついたように動かなかった。
|