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 24:06 末広町-神田駅-三越前
 落合綾佳
(おちあい あやか)


     34を8で割ると……ってのは、さっきやったし。
 いや、割り切れないのを「余り」にしてみると、34割る8は4余り2。
「…………」
 4と2を足すと6――なんてのは、なんの意味もないか。

 綾佳は、紙に書いた【34÷8=4…2】という文字をにらみつけた。
 ようするに、これは【4×8+2=34】ということであって、ここに8つのお皿を用意して、その中にお饅頭を4個ずつ入れます。そうすると2個余ってしまいますから、その2個はみんなが来る前に自分で食べて片づけてしまいましょう。
 って、お前は小学生か! お饅頭をそんなに食べたら、あとでヘルスメーターを覗いて気絶するぞ。

 いや、でも……。
 と、綾佳は問題の紙を持ち直した。
 8つのお皿に分けて入れるというのは、何かあるような気がするな。34を8桁にするっていうのは、つまりそういうことなんだから。

「まもなく神田、神田です。JR線はお乗り換えです。なお、ただいまの時間、後ろの階段、閉鎖中ですからご注意を願います。お出口は右側に変わります。神田でございます」

 アナウンスが言った。
 神田ね、と綾佳はうなずいた。

 でも、単純に割って8つに分けちゃいけないわけだ。8つに分けるっていうのは、8つのお皿に載った饅頭の数をみんな同じにしようという人類皆平等精神の発露であると。
 ではなくて、こういう問題の場合、不平等に8つに分けなきゃ意味がないのですね。現実の世界と同じように。

 現実ってのは、とにかく不平等にできてるからね。頭の出来が人によって違うし、顔の造作も違う。美人がいてブスがいて、いくら食べても太らないやつがいて、空気と水だけでも太るやつがいる。
 叔父さんのコネで大会社に就職できちゃうやつがいて、50も面接受けたのに全部落とされちゃうやつもいる。
 キムタクみたいな男をゲットできるやつもいれば、カスにさえ相手にされないやつもいる。

 なんて世の中だ!

 政治家が悪い。絶対に、あいつらが悪い。

 いや……そういう問題じゃなかった。
 34を不平等に8つに分けるという問題だ。

 たとえば――と、綾佳はシャープペンシルを持ち直した。

【1+2=3】
【1+2+3=6】
【1+2+3+4=10】
【1+2+3+4+5=15】
【1+2+3+4+5+6=21】
【1+2+3+4+5+6+7=28】
【1+2+3+4+5+6+7+8=36】

 オーバーしてしまった……。
 最初のお皿には1個、2番目のお皿には2個……という具合に1から順番にお皿に饅頭を載せていくと、2つのお皿が2枚できてしまう。
 これを、なんにも入っていないお皿――0からはじめたとしても、今度は6個の皿が2枚できることになる。
 だから、全部の皿を別々の数にはできない。

 でも、それに対応する【やはねひなこんさ】には、重なっている文字が一組もない――。
 ひらがなに対応する数字があるってことじゃないわけか。

 ええい、このお!

 また、腹が立ってきた。
 パズ研のニヤついた顔が目に浮かぶ。
 どうしろっていうのよ!

 電車がスピードを落とし、神田駅に滑り込む。
 ドアが開くと、何人かが降り、何人かが乗り込んできた。
 座っている前を数人の女性が通って行ったが、綾佳は問題の脇に書き込んだ自分のメモをにらみつけていた。
 メモの上をシャープペンシルで、グルグルと塗りつぶす。

「理系の男の平均値って、あんなものかもしんないじゃん」

 不意に、向かい側のシートからの声が耳に飛び込んできた。
 つい、目を上げる。女の子が3人並んで腰を下ろしていた。綾佳とは同じぐらいの歳――たぶん大学生だろう。

 ドアが閉まり、電車が走りはじめる。
 綾佳は、また問題に目を返した。

 理系の男、か。
 口の中でつぶやいた。


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