![]() | 24:06 末広町-神田駅-三越前 |
また、ほんの少し頭痛を感じて、朝子は右のこめかみを指で押さえた。 電車の車輪とレールの間で、時折甲高い金属音が響く。その音が妙に耳についた。 不自然……。 つい、考えがそこへ行きそうになる。小さく首を振る。 それを考えはじめたら、結局泥沼に落ちてしまう。不自然なのは、百も承知ではないか。その不自然さを、どれだけ自然に見せることができるか、それが勝負所なのだ。 不自然だってかまわない。 そもそも、人を殺そうというときに、こんなことを考える人間などいない。プロの殺し屋というのがどんな人間なのか、実際には知らないし、知りたくもないが、そういった自分の感情のコントロールにたけたものでない限り、殺人にトリックを使ったりはしない。殺人とは、そもそも感情の犯罪なのだ。 だから、どんなことを考えてみたところで、不自然になってしまうのは当然のことではないか。不自然だから、だめだという考え方は、成り立たない。 不自然には見せない工夫の巧拙が重要なのだ。 「まもなく神田、神田です。JR線はお乗り換えです。なお、ただいまの時間、後ろの階段、閉鎖中ですからご注意を願います。お出口は右側に変わります。神田でございます」 車内アナウンスの言葉に、朝子は一瞬手帳から目を上げた。 首を振りながら、また視線を手帳の上へ落とす。 巧拙、か。 下手なんだよなあ、私は。 もともと、トリックを使うのが下手なのだ。書評などでも、叩かれるのはいつもそこだ。 ――これまでの作品にも共通して言えることだが、能勢朝子の小説におけるミステリ的な部分が、皮肉にも彼女の作品の弱点となっている。人物造形のうまさが、トリックの脆弱さに相殺されているのである。 ふざけたことを! 言いたいことは、はっきりと言え。なにが、脆弱さに相殺されている、だ。 下手だ、と言えばいいだろう、下手くそだと。 でもね、私はトリックが好きなんだ。トリックが好きだからミステリを書いているんだし、トリックをひねくり回すのが大好きだからどんな作品にもトリックを使うのだ。 わかってるよ。下手だということは。 でも、必死なんだ、こっちは。なにが、脆弱、だ。人の気も知らないで。 頭痛がひどくなってきた。ぐいと、奥歯を噛み合わせる。こめかみを何度も揉んだ。 電車が神田駅に着き、朝子の脇のドアから若い女の子が3人乗り込んできた。女の子たちは朝子の前を通って左のシートへどかどかと腰を下ろした。 思わず、朝子は眉を寄せた。 女子大生ぐらいだろう。3人とも勤めているようには見えない。あのぐらいの歳の女の子が、一番苦手だった。自分にだって、もちろんあの年代はあったが、あのいかにも軽薄が服を着て歩いているような雰囲気がイヤなのだ。 おそらく、自分もああだったのだろう。あの軽薄さのなれの果てが私だ。それを見せつけられるのが、イヤだった。 「けっこう、あれが普通なのかもしれないね」手前にいる女の子の言う声が朝子の耳に入った。「理系の男の平均値って、あんなものかもしんないじゃん」 け。 と、朝子は小さく首を振った。 なにが男か、知りもしないで。まあ、あの子たちが相手にする男の子が、また同じように軽薄だからな。美形の男の子なら、許せるが。 ドアが閉まり、電車が走りはじめて、朝子はまた手帳のメモをにらみつけた。 不自然、という言葉が、また意識の中に戻ってきた。 |
![]() | 手前にいる女の子 |