![]() | 24:06 赤坂見附駅 |
兎追いし、かの山 小鮒釣りし、かの川―― 講堂で全校生徒の歌う声が響いている。 列の中程に、真理子ちゃんの姿が見えた。 口を大きく開けて、丸い眼をキラキラさせながら、歌っている。 振り返ると、学生服を着た息子の姿があった。息子も大きな口を開けて歌っている。 あれあれ、おかしいぞ。 栗原は、不思議な気持ちで講堂の中を見回した。 すうっと光が消えていく。 暗い。 とても暗い……。 どうしてこんなに寒いんだろう。 「風邪をひくじゃないの、バカだね、お前は」 母の声が聞こえた。 「お兄ちゃん、弁慶橋から飛び込んだんだよ」 妹が母に言いつけている。 暗い。 寒い。 分娩室から移動ベッドに載せられたままの妻が出てくる。 「おとこ」 ひとこと言って、妻は笑いかける。 「栗原さん、会社じゃありませんよ。あなたにお願いするんです」 松田精機の常務が手を握りしめた。 「あなたに、賭けてみようと思うんですよ。やっていただけますな」 ああ、どうしてこんなに暗いのだろう。 「これ……ほんとに?」 妻が掌に指輪を載せて見返した。 「結婚しようって、言わないの? ねえ。言いなさいよ。それが決まりなんだから」 笑いながら、彼女は眼を潤ませている。 さむい……。 |