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 24:07 赤坂見附駅
 西尾琢郎(仮名)
(にしお たくろう)


     なんで、僕がキーを叩いてるの?

 僕は、ものすごく優秀な男ではあるけれど、でも波乗王の編集者なわけでしょ?
 僕のお仕事は、夢人が送ってきた原稿の体裁を整えて、ウェブにアップすることでしょ? 夢人の原稿には、信じられないような誤字とか脱字とか脱文とか、そんなのがいっぱいあるから、とてもじゃないけどそれを読者に見せるわけにいかない。

 もう、ほんと、ひどいんだ、夢人の原稿ってのは。
 あの人、ちゃんと学校行って日本語を勉強したんだろうか。あんなひどい文章書いてて、よくもまあ、作家だなんて言ってられるよなあ。信じられないよ。

 まあ、だから、原稿をそのまま右から左にアップするわけにはいかないけど、でも、僕のお仕事は、原稿を書くことじゃないよね。
 もし、僕が原稿を書いているんだったら、

99人の最終電車
作・西尾琢郎(仮名)



 っていうトップページになってるはずだもの。

「…………」

 ひょっとして、と思い、西尾(仮名)はノートパソコンのディスプレイ上で「TOP PAGE」をクリックしてみた。作者の名前は《井上夢人》になっていた。
 ちょっと、がっかりした。

 そう、作者はあの夢人なのだ。

 では、どうして、僕がキーを叩いていたのでありましょう?
 わけわかんないな。

 それとも、やっぱり、僕が原稿を書いてるんだろうか?
 僕って、自分でも知らないうちに小説書いてしまっちゃうような天才だったんだろうか?

 うわあ……!

 西尾(仮名)は、わけもわからずに興奮してきた。なんだか、とっても自分が恐ろしくなってきた。
 もしかすると、と西尾(仮名)は思った。

 もしかすると、僕って、そういう人だったのかもしれない。
 全然、気がつかなかった。
 自分の才能を、過小評価していたわけなのだ。こんなに天才だったのに、それに気づくこともなく今日まで生きてきてしまった。

 でも……。

 じゃあ、夢人は、いったい何をやってるんだ?
 あいつは、僕に原稿を書かせて、その間、ヘラヘラ笑いながら鼻でもほじってるのか? 僕が必死になって小説を書いているとき、あいつはよだれ垂らしながらいびきかいて寝てるのか?

 ゆるせない!

 なんてやつだろう。
 なのに、この『99人の最終電車』の作者は井上夢人なのか?
 そんなのは、言語道断じゃないか。そんなヤツを野放しにしておいていいのか? 保健所はなにをやってるんだ。日本は無法地帯だったのか。そういう凶悪な犯罪者を、のうのうと生かしておいていいのか。死刑にすべきではないのか。

 くそお。

 西尾(仮名)は、ものすごく腹が立ってきた。
 頭に血が上り、あまりにもカッカしすぎて、髪の毛が全部逆立ってしまった。

 よし、こうなったら、作者の名前を書き換えてしまおう。この小説を書いているのは、この僕ちゃんなのだから、僕の名前を堂々とトップページに記すのだ。そうして、なにが悪い。これは、僕の作品なのだ。

「…………」

 ふと、西尾(仮名)は、誰かに見られているような気がして車内を見回した。


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