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 24:07 赤坂見附駅
 栗原知行
(くりはら ともゆき)


    「義理チョコじゃありません」
 差し出された掌の上の赤い包み紙と、晴美の顔を見比べる。
 晴美は、小さく首を振って栗原を見返す。恥ずかしそうに俯いた。
「どうもありがとう」
 他に言う言葉が見つからなくて、栗原は晴美に言う。

 どうして、暖房をいれてくれないのだろう。
 こんなに寒いのに……。

「課長!」と染谷がドアを入るなり声をあげる。「通りました! 決まりました。ウチがとりました!」
 思わず栗原は椅子から立ち上がる。
「ほんとか」
「はい」と染谷が笑う。
 部下たちから拍手が起こった。栗原は部屋を見渡した。
「ありがとう。みんな、どうもありがとう」

 どこへ行くのだろう……。
 こんなにスピードが出ているじゃないか。
 飛んでいるのか?
 それにしても寒い。

 妻の寝ている布団に静かに潜り込む。後ろから、妻の身体をそっと抱いた。
「男の子がいい?」と妻がささやく。「女の子?」
「どっちでもいい」
 妻の身体は、暖かい。

 苦しくないな……と、栗原は思った。
 もう、よくなったよ。いや、ときどきあるんだ。やっぱり歳なのかなあ。自分では丈夫だと思ってるが、どこかガタがきてるのかもしれない。
 いや、心配させて申し訳なかった。
 もう大丈夫なんだ。
 ほら、もう痛くないし、ずっと楽になったから。

 電気、つけてくれないかな。
 ちょっとここは暗すぎるよ。よく見えないんだ。
 暗いし、寒いよ。

 お母さん?
 え? お母さん、どうしてここにいるの?
 あれ……叔父さんも?
 どうしたんだ、みんな?

 迎えに……来てくれたのか。
 やあ、嬉しいなあ。
 僕のこと、覚えていてくれたんだね。

 どこへ?
 どこに行くの?

 ああ、星がいっぱい降っている――。


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