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 24:08 新橋駅
 鶴見七郎
(つるみ しちろう)


    「いいかげんにしてよ」

 その額田雪絵の言葉を無視して、鶴見はホームを歩き続けた。
 いいかげんにしてほしいのは、鶴見のほうだった。こんなバカな娘の警護など、どうしてこの俺がしなければならないのか。

「どこまでついて来るつもりなの?」
 いきなり、雪絵が鶴見を振り返った。
 その場に立ち止まり、鶴見は雪絵を見下ろした。
「お屋敷へ戻られるまでです」

「帰らないわよ。今日は」
 鶴見を睨みつけながら雪絵が言う。
「では、ずっとお側におります」

 おおかた、また男を呼び出して、夜通しバカ騒ぎをやるつもりなのだろう。雪絵もバカなら、呼び出される男たちもバカばかりだ。
 一昨日はカラオケだった。外に出てて、と言われ、鶴見はボックスの外で待機した。3度目に部屋を覗くと、半裸になった雪絵が2人の男に挟まれて踊っていた。

「ねえ、あなた、親父からいくらもらってるの?」
 雪絵がいきなり訊いた。
「私の雇い主はお父様ではありません」
 言うと、雪絵は、ああ、とうなずいた。
「お祖父ちゃんね。いくらもらってるのよ」
「お嬢さんにそれを申し上げることはできません」
「そのお嬢さんっての、やめてって言ってるでしょう!」

 雪絵が声をあげ、鶴見はかすかに眉を動かした。
「では、どのようにお呼びしますか?」
 雪絵の視線が一瞬、鶴見から離れた。ホームに入ってきた4人の男女が、鶴見たちの脇を通り過ぎ、5メートルほど離れた場所で立ち止まった。

「あたしには名前があるんだから、せめて名前で呼んでくれたらどうなの?」
 続けて雪絵が言う。
「雪絵様、とお呼びすればよろしいですか?」
「サマ? なによそれ。雪絵ちゃん、とか、雪ちゃんとか、なんだったら、雪絵って呼び捨てにしてもいいわよ」
「そのようなことはできません」

 なにが「雪ちゃん」だ。
 泥まみれの、真っ黒になった雪だるまじゃないか、お前は。

「おかしいと思わない? あたしはもう25なのよ。子守が必要に見える?」
「子守ではありません。警護です」
「あたしにどんな危険があるって言うのよ」

 ふと、視線のようなものを感じて、鶴見は自分の背後へ目をやった。
「…………」
 女1人、男2人のグループが電車を待っている。その向こうに、妙な男がこちらを見据えるようにして立っていた。

 あの男……と、鶴見は眉根を寄せた。
 たしか、2時間ほど前にも姿を見た覚えがある。ブティックで雪絵が買い物をして、その店を出たとき、向かいの喫茶店の前からこちらを眺めていた奴だ。
 なんだ、あいつは……。

「ねえ」と、雪絵がバッグから財布を取り出した。「ここに20万ぐらい入ってるわ。これあげるから、あたしの前から消えてよ」
 バカにするのか、と鶴見は雪絵を見返した。


 
    額田雪絵 妙な男 

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