24:09 新橋駅 |
ホームに下りると、的場の目の前で、蔭山が手を叩きながらクルリと振り返った。 「ほら、ちゃんと間に合っただろう?」蔭山がニヤニヤ笑いながら言う。「電車の到着まで、まだ2分ぐらい余裕がある。あせる必要なんてないんだよ」 的場はチラリと横の詠子に目をやった。 彼女はぶすっとした表情のまま、ホームの先を眺めていた。 「蔭山と一緒だから、べつにあせったりしてないよ。お前の体内時計は、時報よりも正確だからな」 言って詠子に目をやった。 詠子が的場に視線を返してくる。 「グリニッジ天文台が、蔭山のところに時間を問い合わせてくるって、知ってる?」 言うと、詠子は不機嫌そうな表情のまま、肩をすくめ、視線を足下へ落とした。 そんなにむくれないでくれよ、と的場は心の中で詠子に言った。 君の気持ちもわかるけど、これはさ、言ってみればオレと蔭山の間の儀式みたいなものなんだ。高校以来、ずっと続いてる儀式なんだよ。 蔭山を見返すと、彼はホームの先へ目をやっていた。 おそらく、電車に乗る位置がこの場所でいいかどうかを計っているのだろう。無駄な行動を嫌う蔭山のことだ。なんでも計画を立て、計算しなければ気が済まないヤツだからな。 ここでいいという結論を出したらしく、蔭山は、そのまま的場たちを振り返った。 「だけどさ、正直言って、ちょっとびっくりしたよ」蔭山はどこかに笑いを含みながら、勝ち誇ったような口調で言った。「お前らが結婚することになるなんてな。いや、めでたいことだよ」 やれやれ、と思いながら的場は蔭山に首を振った。 「式とか、そういうのはまだまだ先の話だからね。きっと、結婚式を挙げるのは蔭山のほうが先になるんじゃないか?」 すると、いかにも楽しくて仕方ないというように、蔭山は的場の肩を叩いた。 「おいおい、よしてくれよ。俺は恋人もいないんだから」 的場は、ふたたび首を振った。 恋人がいない、だって? じゃあ、前からつき合ってるあのご令嬢はどうするつもりなの? 思わず、それを言ってやりたくなった。 まあ、お前さんのことだ。ご令嬢とのおつき合いも、計算尽くだろうからな。 「どうかなあ」と、的場は蔭山との儀式を続けることにした。「蔭山の周りには女の子がいつも群れてるじゃないか。どんなことだって、お前がオレよりも遅いなんてこと、ないんだからさ」 思った通り、蔭山は満足げに微笑みながら、下唇をなめた。 |
蔭山 | 詠子 |