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 24:10 新橋駅
 P13AX
(ぴーさーてぃーんえいえっくす)


     むろん、どのようなマシンにもトラブルの発生する可能性はある。
 しかし、優秀なマシンであるならば、設計段階からそのトラブルを回避し補償する機能が組み込まれているものなのである。P13AXも例外ではなかった。

《耐水性の高い防水コネクターを採用。電気系統の信頼性をさらに高めました》

 スクリーンには、エラーメッセージが表示され続けている。

《幼児の手の届く場所には設置しないでください》

 P13AXの安全性に関しては、4年5ヶ月にわたって入念に繰り返されたテストがそれを実証している。部品の一つ一つに、細心の注意が払われている。
 だから、ひとたびスイッチが入れられたあとは、ユーザーは安心して処理の結果を待っていればいいのである。このP13AXに、不安な要因は何一つ存在しない。
 計算上、P13AXが稼働中に故障する可能性は、1000億分の1以下なのだ。それは、人間の言葉に置き換えれば「絶対に安全確実」というところであろう。

《お支払いにご使用いただけるカードは、UC、VISA、MASTER、JCBです。なお、1回払いのみとさせていただきます》

 エラーメッセージの意味が不明だった。
 なぜP13AXのスクリーンに、このようなメッセージが表示されるのかも、不明である。
 むろん、だからといってP13AXの安全性に不安があるとは言えないだろう。通信回路の不良を原因とするちょっとした混乱にすぎない。
 P13AXには、もともとこのような事態に対する自動的な処理回路が組み込まれている。であるから、少し待っていれば、マシンの状態は正常に落ち着きを取り戻すことが約束されているのだ。

《待っててね。すぐにできちゃうから。これをオーブンに入れたら、おしまいだからね》

《●材料(マフィン型5個分)
 無塩バター………………………35g
 グラニュー糖……………………40g
 卵(L)…………………………1個
 薄力粉……………………………1カップ
 ベーキングパウダー……………小さじ1/4
 牛乳………………………………1/4カップ
 バニラエッセンス………………数滴
 スイートコーン(ホール)……80g》

 P13AXに現在生じている小さなトラブルは、さして心配する類のものではないと考えられる。エラー表示に、やや不都合が見られるが、さほどのトラブルであるとは言えない。

《●下準備
     バターは室温に置き、薄力粉とベーキングパウダーはあわせてふるう。
 ●作り方
     ボウルにバターを入れて泡立て器でクリーム状にし、グラニュー糖を加えてすり混ぜる。卵を溶きほぐして少しずつ加え、分量の粉の1/3を入れて分離を抑え、牛乳も少しずつ加えながら混ぜ合わせる。バニラとスイートコーンを入れ、残りの粉を入れて木ベラで全体をよく混ぜ合わせて生地を作る。
     スプーンで生地をマフィン型に8分目ほどすくい入れる。
     180度のオーブンで約30分焼く。》

 スクリーンの右端に、赤いランプが点滅をはじめた。
 これは、P13AXの内部温度が上昇していることを表すものだ。もちろん、この程度のものはトラブルと言うほどのことではなかった。

《暑中お見舞い申し上げます。連日きびしい炎暑でございますが、みなさまおかわりもなくお過ごしでいらっしゃいますか。私どもも、お陰様にて一同元気にしております》

 赤ランプの点滅が、ほんの少し速くなった。


 
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