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 24:11 新橋駅
 片石愛沙
(かたいし あいさ)


    「新橋、新橋でございます。浅草行最終電車です。2番線、浅草行の最終電車でございます」

 飛弾野健悟が、ニヤニヤとした表情で振り返って、愛沙は思わずゾッとした。
「最終だ。よかった、間に合った。最終だ」
 わざとらしく、飛弾野はそう言った。愛沙は、その言葉に曖昧に笑って見せた。

 セクハラよ。これは絶対にセクハラだ。

「鼠小僧の埋蔵金か……それ、すごいよ」
 心にもないことを言いながら、飛弾野はまた感激したような声を上げてみせる。
 この人の目的はわかってる。こんな馬鹿げたアイデアに感激する人間がどこにいるっていうの。

「思いつきですよ」
 愛沙は、それでも飛弾野に笑ってみせた。
「いや、単なる思いつきで、こんなアイデアが出てくるとは思えない。大塩平八郎と鼠小僧とペリー提督が、こんなに見事に結びつくなんて思わなかった」

 遅くなったから送っていこう……見え透いてる。
 わざわざ遅い時間になるように打ち合わせの始まりを遅らせておいて、よく言うもんだわ。今日だって、2度、この人は私の肩に触ってきた。話に感激して思わず肩をつかんだようにごまかしてたけど、ちゃんと下心は見えている。ようするに、私が女だからよ。

「本を読んでいて、あの3人が同じ時代だっていうのをくっつけてみただけですから」
 うんざりしながら、愛沙は言った。飛弾野は、おきまりのように首を振る。
「いくら同時代に生きていたって、単純にそれを結びつけられるもんじゃない。大塩平八郎の身代わりになって鼠小僧が死んだなんて……いやいや、おそれいった」

 電車が発車した。車両の奥で、何かが倒れるような派手な音がした。何があったのかは、人の影になっていて見えなかった。

 いい加減に、本音を出したら? そう思って、愛沙は静かに飛弾野に訊いた。
「それで、これから、どうするんですか?」
「ええ」
 うなずいた飛弾野が、唾を呑み込むのを、愛沙は見逃さなかった。


 
    飛弾野健悟

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