『解説』 ―― 北上次郎  
 
 
 中村真一郎氏は共著『深夜の散歩』の中で次のように書いている。
「探偵小説の長篇とは結局、"長い短篇"に過ぎない」
 これは、"人工的であり、作り物であればあるほどいい"という短篇の美学か
ら考えれば、探偵小説は短篇のほうが似合っている、ということなのだろう。
 ぼくも人並みに短篇ミステリーを愛読してきたつもりでいたが、つい先日、
私の好きな翻訳短篇ミステリー・ベスト3、というアンケートの依頼を受けた
とき、具体的な作品がまったく浮かんでこなかったのには驚いた。逆上のあま
り、ブラッドベリ「霜と炎」を選んでしまったぐらいだ。もちろん、これはS
Fである。ミステリーのアンケートに村してSFを挙げてしまうのだから、逆
上もきわまっている。日を改めて考えると、たくさんあるじゃないの。たとえ
ば、ブルテン「ジョン・ディクスン・カーを読んだ男」、フィニイ「死者のポ
ケットの中には」、ケメルマン「九マイルは遠すぎる」、ストックトン「女か
虎か」、ブランド「ジエミニイ・クリケット事件」、もちろん、フレドリック
・ブラウンもへンリイ・スレッサーもいる。
 日本作家の作品でもたくきんある。戸川昌子「黄色い吸血鬼」は忘れられな
いし、夏樹静子の短篇群も絶品だ。こちらは、あえて一冊選ぶなら余韻の残る
作品集『二人の夫をもつ女』か。
 松本清張の初期短篇群は別格としても(これはもう一作なんて選べない)、
佐野洋、連城三紀彦、などの短篇の名手がいる。
 なぜそういった作品がたちどころに浮かんでこなかったのか、我ながら情け
ない。
 記憶力が悪いということもあるけれど、やはり量的には長篇中心に読んでき
たので、長篇の印象のほうが強いためだろう。
 しかし長篇とは別に、短篇ミステリーを読む愉しさというのもあるのだ。無
駄を排した構成、切りつめた文体、そして切れのいいオチ。すぐれた短篇ミス
テリーを読む醍醐味は、上質の酒を一、二杯、クッとひっかけるときの快感に
匹敵する。延々と飲む酒もいいけれど、サッと飲む酒もまたいいのである。な
んて勝手なことを言っちゃったりして。

 というところで、岡嶋二人である。岡嶋二人が江戸川乱歩賞受賞作『焦茶色
のパステル
』でデビューしたのは1982年だから、作家活動はまだ10年に
満たない。にもかかわらず、1986年に『チョコレートゲーム』(これは現
代ミステリーとして絶品だった)で日本推理作家協会賞を受賞するなど、今や
もっとも期待できる中堅作家として意欲的に、そして堅実な活躍をしているこ
とは、ご存じのとおり。
 これまで長篇約20冊、短篇集4冊を刊行しているが、年間平均3冊という
刊行ペースは洪水のようなここ10年の日本ミステリー状況の中では着実なペ
ースといえる。さらに1988年の話題作『99%の誘拐』を重版の際に一部
訂正するなど(おそらくパソコンに関係する件りだろう)こまかな配慮も忘れ
ないという貴重な作家である。
 岡嶋二人の特質を列記するなら、
①キヤラクターの造型にすぐれていること――『チョコレートゲーム』を見よ。
②プロットの展開が巧みなこと――『あした天気にしておくれ』が好例。
 があげられるだろう。もちろん、トリックも独創的だが、トリックに寄りか
かる作家ではないのだ。デビュー作をふくめた長篇初期3作は競馬に材を得た
ミステリーだったので、"日本のディック・フランシス"とも言われたが(こう
いうレッテルを日本のマスコミはすぐ張りたがるのである、他人のことは言え
ないけど)、その後の作品をみれば、そういう偏狭な枠内にとどまっている作
家ではないことがわかる。ユーモラスな味つけのミステリーから、野球やボク
シングに材を得たスポーツ・ミステリー、さらには社会派的要素の濃いミステ
リーまで、幅ひろい作品を書いている作家なのである。
 とはいうものの、今回はそういう長篇の話ではなかった。というのは本書
『記録された殺人』が、岡嶋二人にとって5冊目の作品集だからだ。これまで
の4冊は次の通りである。(1989年8月現在)
 
①『開けっぱなしの密室』1984年6月
②『三度目ならばABC』1984年10月
③『なんでも屋大蔵でございます』1985年4月
④『ちょっと探偵してみませんか』1985年11月
 
 すぐれた推理短篇を収録する『推理小説代表作選集1983』に、①から
「罠の中の七面鳥」がとられたように、『開けっぱなしの密室』はなかなか出
来のいい作品集だ。表題作もいい。②はテレビ制作プロダクションの織田貞夫
と土佐美郷のコンビが活躍する連作短篇。上から読んでも下から読んでも同じ
なので、この二人を山本山コンビという。コミカルな味つけがこのシリーズの
特徴だ。著者はこのキャラクターを気にいったらしく、のちに長篇『とっても
カルディア
』でも山本山コンビを主人公にしている。③はがらりと趣向を変え
て、現代便利屋を語り手とする"ホンワカ・ミステリー"で、④はショート・ミ
ステリー集。波はあるが、どれも長篇とは違った岡嶋二人の意外な貌を知るこ
とが出来て、ファンとしては興味深い。
 本書『記録された殺人』は、『推理小説代表作選集1985』に収録されて
いる表題作が群を抜いている。殺人の過程がすべてフィルムに撮られていたと
いうのだ。もちろん、それで解決するわけではなく、そこから謎が始まるのだ
が、こういう奇想天外な発想は愉しい。
 あるいは、岡嶋二人にとっては長篇こそ、その真価を発揮する舞台なのかも
しれない、という気もする。傑作『チョコレートゲーム』や『あした天気にし
ておくれ
』、そしてデビュー作『焦茶色のパステル』、さらには最近の収穫
そして扉は閉ざされた』など、トリックとプロットにすぐれ、なおかつ揺れ
動く人間感情が行間から噴出してくる作品を思うと、そういう気がしないでも
ない。
 作家に長篇向きと短篇向きのタイプがあるとするなら、岡嶋二人は明らかに
長篇向きの作家だろう。しかし、長篇作家だからこそ、長篇に向かないネタが
たまったときの器も必要なのだ。長篇作家にとっての短篇とは、そういうふう
に本来その作家の持ち味でないものを入れる器であるのだが、逆に言えばだか
らこそ、その作家を的確に映す鏡でもありえる。本書の中にも、その意味では
著者の素顔が垣間見えるような気がするが、はたしてどうか。