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小林秀雄がどんどん近づいてくる。ぜんぜん関係なかったはずなのに。橋本治が大著『本居宣長』に挑むスリリングな思考の軌跡。

小林秀雄の恵み

橋本治/著

734円(税込)

本の仕様

発売日:2011/03/01

読み仮名 コバヤシヒデオノメグミ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-105416-2
C-CODE 0195
整理番号 は-15-6
ジャンル 哲学・思想、ノンフィクション
定価 734円

37歳の迷える私=橋本治には、小林秀雄の『本居宣長』は過剰と孤立を恐れるなと諭す、じいちゃんの励ましだった。いまもその感動は圧倒的だ、ただ……。小林秀雄賞を受賞した55歳の私は改めて難解な作品の通読へ向かう。そして、真摯な愛情と決意で、小林の文章にねばり強く伴走するうち、ある「恵み」を受け取ったのだった。小林秀雄から現代日本人の宿命を遠望する革新的論考。

著者プロフィール

橋本治 ハシモト・オサム

(1948-2019)1948年東京生まれ。東京大学文学部国文科卒。小説・戯曲・評論・エッセイ・古典の現代語訳・浄瑠璃などの古典芸能の新作ほか、多彩な執筆活動を行う。2002年『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞を、2005年『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞を、2008年『双調 平家物語』で毎日出版文化賞を受賞。著書に、『窯変 源氏物語』『巡礼』『リア家の人々』『ひらがな日本美術史』『失われた近代を求めて』『浄瑠璃を読もう』『九十八歳になった私』など多数。

目次

第一章 『本居宣長』の難解
一 小林秀雄から遠く
二 『本居宣長』再読
三 「歌」とはなにか
四 宣長の歌と『古事記』への道
五 「物のあはれ」を人問はば
六 学問
第二章 『本居宣長』再々読
七 小林秀雄と本居宣長と『本居宣長』
八 六十三歳の小林秀雄
九 マクラとしての折口信夫
十 戻るべき《其処》
十一 恋する本居宣長
十二 あなものぐるほし
十三 私的な歌人
第三章 「語る小林秀雄」と「語られる本居宣長」
十四 消滅する動機
十五 求められる「一致」
十六 「語られる宣長」と「宣長を語る小林秀雄」
十七 小林秀雄の位置
十八 小林秀雄の拒絶
十九 本居宣長を溯る
第四章 近世という時代――あるいは「ないもの」に関する考察
二十 学問の誕生
二十一 「ないもの」への考察
二十二 空気としての儒教
二十三 儒教ルネサンスからの転回
二十四 「孤独」という方法――あるいは、社会的視野の欠落
二十五 江戸時代という背景
二十六 近代的孤立と近世的孤立
第五章 じいちゃんと私
二十七 私=橋本治が小林秀雄から与えられたもの
二十八 小林秀雄はどう「いい人」なのか
二十九 なぜ《孤立》が必要か?
三十 『当麻』の問題点――あるいは、《美しい「花」》と「美しい花」
第六章 危機の時
三十一 戦争と小林秀雄
三十二 美の襲撃
三十三 怒れる小林秀雄
三十四 敗北からの転回――『無常といふ事』
三十五 小林秀雄――その戦時下の戦い
第七章 自己回復のプロセス
三十六 「徒然草」と自己回復
三十七 読まれるべき「テキスト」の再生と、拡大
三十八 誰からも理解されないまま安全であるという不幸
三十九 思想ではなく、人として、私として
四十 我は西行
第八章 日本人の神
四十一 そこにある「線引きのなさ」について
四十二 近世――神のいる合理性
四十三 西行と神
四十四 神に近似する桜
四十五 居場所のない西行、神ではない神を見つめる芭蕉
第九章 「近世」という現実
四十六 穏やかな二面性
四十七 「近世」という現実
四十八 生活者の内面
四十九 「自分を語る言葉」を持たないでいた人
五十 強情なる宣長
五十一 「関係ないじゃん」という拒絶
第十章 神と仏のいる国
五十二 『本居宣長』――その終局の難渋
五十三 「直毘霊」を書く本居宣長
五十四 《彼の最後の自問自答》
五十五 そういうことなのか――
五十六 「店子」としての世界
五十七 『古事記』と『日本書紀』――あるいは、内的な真実
五十八 神と仏のいる国
終章 海の見える墓
五十九 あとがき――あるいは「小林秀雄の思想」について
六十 トンネルとしての評論
六十一 海の見える墓に立って

判型違い(書籍)

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