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「この作品が、おそらく私の最後のシリーズになるだろう」英雄降臨。新シリーズ開幕。

血に非ず―新・古着屋総兵衛 第一巻―

佐伯泰英/著

649円(税込)

本の仕様

発売日:2011/02/01

読み仮名 チニアラズシンフルギヤソウベエ01
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
ISBN 978-4-10-138046-9
C-CODE 0193
整理番号 さ-73-12
ジャンル 歴史・時代小説
定価 649円

六代目総兵衛の活躍した元禄・宝永年間から九十余年。享和二年(1802)、九代目総兵衛勝典は、労咳で瀕死の床にあった。嫡子幸之輔を流行病で亡くし、大黒屋内には直系の者はいない。深川で女郎屋を営む女はかつて勝典を誑かして子を孕んだというのだが。後継について勝典は謎の言葉をつぶやいた──「血に非ず」。あの大黒屋総兵衛が帰ってきた。満を持して放つ待望の新シリーズ第一巻。

著者プロフィール

佐伯泰英 サエキ・ヤスヒデ

1942(昭和17)年、北九州市出身。日大芸術学部卒。映画・テレビCMの撮影助手を経て、1975年より、カメラマン、ノンフィクションライターとして活躍。1976年『闘牛』を発表。1981年『闘牛士エル・コルドベス 一九六九年の叛乱』でドキュメント・ファイル大賞を受賞。1987年、初の小説『殺戮の夏コンドルは翔ぶ』を発表。以降、多数の国際謀略小説、ミステリ小説を執筆。1999(平成11)年、初の時代小説『密命』を発表。以降、「夏目影二郎始末旅」「鎌倉河岸捕物控」「吉原裏同心」「古着屋総兵衛影始末」「居眠り磐音 江戸双紙」「酔いどれ小籐次」「交代寄合伊那衆異聞」等の人気シリーズを立ち上げる。人間味溢れる人物造形、豊かな物語性、迫力ある剣戟描写等いずれも高く評価され、広範な読者の熱狂的な支持を得ている。また、エッセイ集として『惜櫟荘だより』がある。

目次

第一章 跡継ぎ
第二章 総兵衛の死
第三章 南からの訪問者
第四章 三檣帆船
第五章 影様の正体
あとがき

インタビュー/対談/エッセイ

波 2011年2月号より [佐伯泰英◎新シリーズ「新・古着屋総兵衛」刊行開始記念 ] 【特別対談】古着屋総兵衛は、なんとも贅沢な時代小説だ。

児玉清佐伯泰英

書下ろし時代小説の雄・佐伯泰英5年ぶりの新シリーズ《新・古着屋総兵衛》の刊行が、いよいよ新潮文庫で始まります。加えて、著者が大幅に手を入れた《決定版・古着屋総兵衛影始末》全11巻も8ヶ月連続で登場。今年2011年は、「佐伯泰英作品はまだ読んだことがない」という時代小説ファンにとって、入門に恰好の年となるでしょう。新作に意欲を燃やす作家と、佐伯ワールドをこよなく愛する児玉清氏が、大いに語り合いました。

 ベトナム旅行

児玉 ベトナムに行ってらしたとか。
佐伯 半月ほどのんびり過ごしてきました。
児玉 今回の新シリーズ「新・古着屋総兵衛」の取材ですね。
佐伯 それもあったんですが、実はあることがあって、頭の中を真っ白に一度リセットしてみようと思ったんです。サイゴン(ホーチミン)から入って、ホイアン、ダナンを経て最後にハノイを訪ねるという旅でした。サイゴンのホテルは、マジェスティックというところだったんですが、これがたまたま……。
児玉 開高さんでしょう。
佐伯 そうです。開高健さんが従軍記者としてベトナム戦争を取材されたときの宿だったんです。ちょうど私の取った部屋の下の部屋に開高さんが泊まっていたそうです。
児玉 それは奇遇ですね。
佐伯 驚きました。サイゴン川沿いのホテルならどこでもいいと思って取った宿でしたから。
児玉 サイゴンはいかがでした。
佐伯 商都ですから、人のエネルギーは感じました。なによりもバイクの数が凄いんです。原付のスーパーカブで何でも運ぶんです。冷蔵庫は運ぶ、生きた豚七匹を運ぶ、長梯子は運ぶ、シェパードを四匹運ぶ、人間なんかは五人まで乗っているのを見ました。
児玉 まさに曲芸ですね。
佐伯 そうしたたくさんのバイクが川の流れのようによどみなく続くんです。サイドミラーなんか外してしまっていますし、ウインカーもほとんど付いてません。
児玉 前しか見ないんですね。潔いですね。
佐伯 道を横切るのは大変ですよ。信号はないし、止まってくれないし。
児玉 止まると荷が崩れてしまう。
佐伯 そうです。あの荷造りは神業ですね。
児玉 サイゴンには綾縄小僧(編集部注・「古着屋総兵衛影始末」シリーズの登場人物・駒吉の異名)が何人もいるんですね(笑)。
佐伯 次に向かったのが、近郊のミーソン遺跡が世界遺産に登録されたホイアンです。
児玉 ホイアンは中部ですね。南から北上したことになりますね。
佐伯 サイゴンから七百キロくらいです。日本の長崎・中国とインド・ヨーロッパを結ぶ中継貿易で栄えた河港の町です。今から四、五百年前でしょうか、日本人町があって最盛期には千人くらいは暮らしていたようです。
児玉 徳川幕府の鎖国政策が最終的に成立したのが、一六三九年ですから、それまでは日本人が行き来していたんですね。シャムのアユタヤ、フィリピンのマニラなどにも日本人町はありましたね。
佐伯 来遠橋という当時の日本人が作ったという橋が残っていて観光名所になってました。
児玉 鎖国以降は、日本人は現地の人たちと同化していってしまいますね。
佐伯 その当時の日本人のお墓が残っていて、谷弥次郎兵衛らのお墓参りが、今回の目的でもあったんです。花と線香とチャッカマンを持って、自転車を借りて。
児玉 それは素晴らしいことをされましたね。
佐伯 ホイアンは本当に美しい街でした。次に訪ねたのはダナンです。ホイアンから三十キロしか離れてないところですが、中部最大の商業都市です。古代から中世期に勢力を誇ったチャム族のチャンパ王国の都がダナン近郊にあったらしいのですが、ひょっとすると『交趾』(「古着屋総兵衛影始末第十巻」)で、大黒丸が辿り着いたツロンがこのダナンだったんじゃないかと思うのです。
児玉 三百年前には名門グェン家の今坂理右衛門が闊歩していたわけですね。

 古着屋という設定

児玉 古着問屋にして影の旗本という設定は大変面白いですね。物語を噴出させる装置です。初代鳶沢総兵衛は家康との密約で古着商いの権利を与えられる一方で、影の旗本として武力行使の権利をも与えられた。
佐伯 「影始末シリーズ」はそれから八十五年後の元禄・宝永期、六代目総兵衛の時代になります。
児玉 大黒屋は古着問屋の大きな商家ですが、徳川家の危難があれば立ち上がる武装集団でもあるわけです。そして、当主の総兵衛は戦国の気風を遺した剛剣、祖伝夢想流を会得したただ一人の奥義継承者であり、さらに秘剣、落花流水剣を編み出した剣豪です。これらの前提はいくつもの物語が重層的に立ち上がる構造を持っています。
佐伯 とおっしゃいますと?
児玉 まずは、史実に基づく前提の中で縦横無尽に架空の物語を描くという、「伝奇時代小説」であるということです。また、秘剣をあやつる主人公を擁した「剣豪小説」でもあります。一方で表の顔は商人ですから古着を廻る「経済小説」にもなります。そしてここが一番感心するのですが、古着というものの流通が情報を付着させて行われるというところに目をつけた点です。古着の売買は売る人買う人の個々の事情が品物と同時にやりとりされます。そうした江戸市中の町人・御家人のプライベートな内情までが、大黒屋に集まります。
佐伯 享保八年ですから、史実的にはこの元禄・宝永期より少し後になるのですが、幕府は「質屋、古着屋、古着買い、古道具屋、小道具屋、唐物屋、古鉄屋、古鉄買い」について「八品商売人」として定めました。この八品は当時、盗品を売って、現金化する者が横行したため、それぞれに組合を組織させ、盗品かどうか調査するための帳簿を作らせるのが狙いだったそうです。これがヒントになって、古着には情報が集まると思ったわけです……。
児玉 素晴らしい着眼点です。情報の駆け引きで物語が動く、つまり、インテリジェンス小説、「諜報謀略小説」でもあるということです。実際、どの巻でも敵方の屋敷に忍び込んでいち早く情報を集めたり──このあたりは「忍者小説」の趣があります──、流通網を生かして人捜しをしたり、大和柳生や京都に奉公人を派遣して諜報活動させるシーンが出てきます。情報を総兵衛に集約し、敵の動きに一歩先んじた、先の先の手を打つことが出来るわけです。
佐伯 なるほど、インテリジェンス小説ですか、伺ってみるとそうかもしれませんね。

 頭ではなく体質で書く

児玉 とおっしゃると、この重層的な構造は、はじめから意図されていた訳ではない?
佐伯 明確に意図はしていません。ただ無意識の中で、いくつもの補助線を張っておけば、物語を紡いでいくのに窮することがなくなるのではと思っていたのかもしれませんね。
児玉 意図しないものほど怖いものはありません。頭だけでこねまわした小説は、物語の流れがギクシャクしたものになっていることがありますから。
佐伯 私の場合は、頭というより体質で書いているという感じでしょうか。
児玉 なるほど。ところで佐伯さんの原点は映画ですよね。
佐伯 はい。日活や大映の青春もの、東映ヤクザものチャンバラもの、東宝の黒沢映画、松竹の文芸もの等々、家業の関係で無料の鑑賞券が手に入ったので、みな映画館で見ましたよ。
児玉 一方で大衆時代小説も相当お読みになっていた。
佐伯 中学高校の頃ですね。貸本屋や図書館で片っ端から読んでましたね。私の家には蔵書の一冊もなかったし、映画にもお金を払ってないですね。
児玉 昭和三十年代は仕方がありませんよ。家に本があるのは相当裕福な家庭でした。大学では映画の勉強をなさり、社会人になって実際、映画やテレビCMの撮影に携わられた。
佐伯 アルバイトに毛が生えたような身分でしたが。
児玉 以降はスペインで、真剣勝負の中にも美しい舞踊の要素のある闘牛というものと写真家として格闘された。
佐伯 女房子供には迷惑を掛けました。
児玉 そして最初にお書きになったのが闘牛やボクシングなどに材を得たノンフィクションですね。
佐伯 ノンフィクションライターとしても写真家としても飯が食えなかったのです。失格です。
児玉 そして、海外在住経験を生かして国際謀略小説をお書きになった。
佐伯 なかなか売れなかったですが。
児玉 ざっと佐伯さんの経歴を振り返ったのは、そのすべてが、この古着屋総兵衛シリーズに生きているということがいいたかったのです。このまるで一般的でない人生の一瞬一瞬が佐伯さんの体質を形作った。
佐伯 時代小説デビューは五十七歳の時ですから、遠回りしていたようにも思うのですが。
児玉 まったく回り道はされてないと思いますよ。史実から立ち上るドラマを掴み取る眼はノンフィクション修業から、剣の立ち合いの息詰まる動きは闘牛から、汲めど尽きせぬ豊かな物語や人情の陰影は映画から、インテリジェンスの扱いは海外在住と国際謀略小説の経験から、定評ある描写の手腕は、写真家だったことが大きく影響しているはずです。
佐伯 どれをサボっていても、「古着屋総兵衛」は書けなかったわけですか……。

 最後の新シリーズ

児玉 そして、旧版の「古着屋総兵衛影始末全十一巻」が二〇一一年の一月下旬から新潮文庫として刊行が開始されます。
佐伯 随分、手直ししましたので、「決定版」と謳いたいくらいです。
児玉 旧版の最終巻『帰還』が〇四年の刊行ですので、実に丸六年振りに古着屋が戻ってくることになりますね。新シリーズとしては「交代寄合」以来ですから、五年半振りになります。この満を持して始める、あるいは再開する「古着屋総兵衛」ですが、第一巻のタイトルが……。
佐伯 『新・古着屋総兵衛「血に非ず」』です。最後のシリーズになるかもしれません。
児玉 早速、読ませていただいたのですが、冒頭数ページで虜になりました。実に素晴らしい引き込まれる展開です。
佐伯 ありがとうございます。
児玉 時は「影始末」から九十三年後の享和年間です。数年後には江戸文化が爛熟した文化文政期になります。九代目総兵衛は労咳で死の床ですが、跡継ぎは早世してしまっていて、大黒屋内には十代目がいない。九代目が昔、手を付けた女中が子を産んでいるはずだ……というところが発端です。
佐伯 発端部分は随分前から頭にありました。
児玉 ネタバレになってしまうので、詳しくは申し上げられませんが、「影始末」第十巻『交趾』の伏線が生きてきます。一読して驚いたのですが、この『交趾』を書いていらっしゃった時点ですでに、新シリーズの構想がおありになったのでしょうか、そうとしか思えない流れです。
佐伯 うーん。いわぬが花ということもありますし。
児玉 了解いたしました。読者の皆さんにはヒントだけ差し上げておきましょう。『血に非ず』は、この対談の冒頭のベトナム紀行に大変縁が深いものである、ということです。

 告白

児玉 『血に非ず』というタイトルですが、この言葉が脳裏に浮かんだ瞬間は、病院のストレッチャーの上だったとか。
佐伯 そうなんです。ある検査の直後、急に血の気が引いて、意識を失ったんです。それでストレッチャーで病室に運ばれたんです。
児玉 それは、健康診断の一環かなにかで?
佐伯 いえ。実は癌と診断されたんです。その検査だったんです。
児玉 えっ……。
佐伯 前立腺癌です。最初の病院では初期段階と診断されたのですが、次の病院では、そう簡単なものではないと……。
児玉 前立腺癌は、肺やリンパへの転移があることがあると聞いたことがあります。
佐伯 そうしたことを入念に検査してもらったんです。
児玉 大丈夫でしたか?
佐伯 ええ、転移は認められませんでした。
児玉 よかった。本当によかった。
佐伯 その本格的な治療が始まる前に、一度、転地療養もかねて、海外に出て頭の中を真っ白にしてみようと思ったのです。
児玉 大きな意味を持つベトナム旅行だったんですね。これから治療という戦いですね。早期の完治を心よりお祈りしております。
佐伯 ありがとうございます。
(二〇一〇年十一月二十九日 青山にて)

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