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黙約のメス

本城雅人/著

2,420円(税込)

発売日:2021/10/29

書誌情報

読み仮名 モクヤクノメス
装幀 新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 367ページ
ISBN 978-4-10-336054-4
C-CODE 0093
ジャンル 文学・評論
定価 2,420円
電子書籍 価格 2,420円
電子書籍 配信開始日 2021/10/29

生体移植か、脳死移植か――。コロナ禍の今、日本人の「死生観」が問われる。

医療事故の責任を若い医師がとらされる現実、看護師たちの密かな怒り、病院に蔓延(はびこ)る権力闘争、医師の「妻」という立場、法案成立にしがみつく厚労技官、そして病院経営に隠された闇……。毒だらけの日本の医療界に、孤高の外科医・鬼塚鋭臣がメスを入れる。医療関係者震撼、必読の本格医療小説、堂々誕生。

目次
プロローグ
九月 後期研修医 竹内正海の誤解
十月 器械出し看護師 椿原理央の怒り
十月 医療ジャーナリスト 山際典之の遺恨
十一月 UMC病院長 仙谷博の不安
十二月 第一外科部長 仙谷杉彦の嫉妬
一月 厚生労働省医系技官 鷲尾緑里の警告
一月 病院経営者 繁田幹男の野心
二月 移植コーディネーター 田村美鈴の傷心

書評

「きれいな体」への祈りと約束

縄田一男

 私はいま『黙約のメス』を読み終えて、隅々まで行き届いた作者の計算と、その計算を度外視して湧き上がってくる無限の感動を覚えつつ、これこそが読書の快楽だと思わずにはいられない。
 主人公は、肝胆膵(肝臓・胆道・膵臓)部門のエキスパートである医師・鬼塚鋭臣だ。
 主人公と言っても、作者は彼の内面を一行たりとも描いてはいない。描かれているのは彼をめぐる人々の物語であり、こうした多視点の語り手を設ける事によって、多面的な鬼塚の像が浮かび上がってくる。
 鬼塚は四国のR県潮市にある「潮メディカルセンター(UMC)」の第二外科部長で、帝都大の准教授だった人物。鬼塚が招聘されたのは、ここを最先端の医療センターとして全国に広めるというビジョンを持った理事長・繁田幹男の目論見で、UMCを全国でも二十五程度しか認められていない「脳死肝移植施設」とするためだった。
 だが、そのためにはいくつか基準があり、その一つが「期間内に三十例以上(の生体肝移植を)経験した術者が常勤していること」だった。だが、地方県でそのような例はなく、ために東京で数多くの生体肝移植の経験のある鬼塚を招き認可を得たのである。
 がこの鬼塚、各章の語り手から見れば、ダンディーだが、眼光鋭く、底が知れぬ人物。はやばやと医師として自覚の足りない研修医のキャリアを潰すが如き真似を平然と行い、移植の相手を、当初予定されていた患者から将来のオリンピック選手と地元紙が報じた中学生に変更。手術を成功させ脚光を浴びる。
 この医師、はたして、善か悪か。
 そんな中、ジャーナリズムは前の病院で鬼塚が犯したとされる医療ミスを暴いて“現代のブラックジャックか、それとも切り裂きジャックか”などと書き立てる。
 そうしたマスコミの急先鋒に医療ジャーナリスト・山際典之がいる。彼は鬼塚の正体を暴く事が友人の弔合戦だと思っているのだ。
 作者はそうした中でUMCの病院長・仙谷博や、第一外科部長・仙谷杉彦、そして経営者である繁田幹男といった体制、もしくは体制寄りの人物の動向も記していく。
 特筆すべきは、仙谷杉彦の登場の件であり、ここのみ抜き出せば、一篇の鮮烈な恋愛小説の趣きすらある。
 恋愛小説と言えば、厚生労働省医系技官・鷲尾緑里の鬼塚との関係も、同じ原風景を持った者同士の愛と憎しみの物語と言えるかもしれない。そして緑里が鬼塚に迫れば迫る程、読者には彼の真実が見えてくるという構成も皮肉である。
 物語は、こうした人々のあいだを巡りながら、鬼塚の良き片腕である移植コーディネーター・田村美鈴を最後の語り手としている。
 後半は、臓器売買の汚名を着てまで、一人の外国人少女の命を救う鬼塚らの活躍が描かれている。そして私たちはこの作品が大団円へ向かうにつれて、初めて鬼塚の真意を知る事になるのである。
 読者は、本を読み終えたら、涙をぬぐう暇もなく、プロローグに戻って頂きたい。そこで私たちは理解する――鬼塚の「きれいな体」への祈りと約束を。そして『黙約のメス』の“黙約”の意味を。
 作者は、この一巻の中で様々な現代の医療問題から、医療が結ぶ日本と世界の関係等をも明らかにしていく。
 その中で、作者が私たちに突きつけるのは「抜きさしならない命」というテーマであろう。患者にとって「大事な命」は、しかしながら、医師にとってはone of them、だからこそまた、「抜きさしならない命」なのである。
 人間の中で、神に最も近い存在があるとすれば、それは医師である。医師はその重みを背負いつつ、メスをふるわなければならない。
 だが、医界はきれいごとだけで済ませられる世界ではない。権力や欲望が渦巻いている。その中で「黙約」を貫き通した男、鬼塚――本書は令和の輝かしき医療小説の金字塔となるだろう。

(なわた・かずお 文芸評論家)
波 2021年11月号より
単行本刊行時掲載

著者プロフィール

本城雅人

ホンジョウ・マサト

1965(昭和40)年、神奈川県生れ。明治学院大学経済学部卒業後、スポーツ紙の記者としてプロ野球、競馬、メジャーリーグ取材などに携わる。退職後、松本清張賞候補作の『ノーバディノウズ』で2009(平成21)年に作家デビュー。同作でサムライジャパン野球文学賞の大賞を受賞。2017年、『ミッドナイト・ジャーナル』で吉川英治文学新人賞受賞。2018年、『傍流の記者』で直木三十五賞候補。他の著書に『騎手の誇り』『英雄の条件』などがある。

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