ホーム > 書籍詳細:サンカーラ―この世の断片をたぐり寄せて―

無常の世に暮らして、私は問いつづける。どう生きたらよいのでしょうか。

サンカーラ―この世の断片をたぐり寄せて―

田口ランディ/著

1,728円(税込)

本の仕様

発売日:2012/10/22

読み仮名 サンカーラコノヨノダンペンヲタグリヨセテ
雑誌から生まれた本 小説新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 四六判
頁数 254ページ
ISBN 978-4-10-462202-3
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品
定価 1,728円

地震で揺れ続けるこの日本に生きているということ、原発のある国に暮らしているということ……福島、広島、水俣。日々暮らしながら突きつけられる重い問いかけを受けとめ、迷いながらも、出会いに支えられて、ひたすら歩き続ける。ブッダの大きなこころを仰ぎ見つつ、思い悩み、無常の世をさまよいながら紡ぐ、日常のものがたり。

著者プロフィール

田口ランディ タグチ・ランディ

1959年生まれ。作家、エッセイスト。2000年『コンセント』で作家デビュー、2001年『できればムカつかずに生きたい』で婦人公論文芸賞受賞。著書に小説『アンテナ』『モザイク』『富士山』『被爆のマリア』『キュア』『蠅男』、エッセイに『忘れないよ! ヴェトナム』『ひかりのあめふるしま屋久島』『神様はいますか?』『寄る辺なき時代の希望』『パピヨン』『生きなおすのにもってこいの日』ほか多数。

目次

1 生老病死
2 破壊と暴力
3 ダイアローグ(対話)
4 沈黙
5 生命の踊り
6 魚の泪
7 イワガミ
8 死と甦り

終章 サンカーラ

インタビュー/対談/エッセイ

波 2012年11月号より [田口ランディ『サンカーラ―この世の断片をたぐり寄せて―』刊行記念特集] 【インタビュー】沈黙と対話──サンカーラ、ダイアローグ

田口ランディ

――サンカーラというタイトルは仏教用語ですが、どういう意味をもつのでしょうか。本書のタイトルになぜこの言葉を選ばれたのですか?
田口 サンカーラはパーリ語でサンが「集める」という意味をもった接頭語。カーラは「作る」の意味の名詞で「再構成」を示しています。仏典のなかには「サンカーラー」という複数形で使われ、これが諸行無常の「諸行」を表します。
この作品は、私が震災後に仏教というものと向き合うなかで書かれました。綴られたことばの背後で「諸行無常」を模索しているのです。その頃、わたしは「無常」という言葉がとても冷徹でのっぺらぼうなものに思え、それがなぜ苦しんでいる人間の救済になるのか、理解できずに考えあぐねていました。同時に涅槃や浄土というものが、あまりに荒唐無稽で現実離れしており、仏教は、ブッダという一人の人間の内的な体験から生まれたはずなのに、なぜたくさんの経典があり、ストイックでありながら饒舌なのかわけがわかりませんでした。
――仏教との縁はありながら、疑問も感じていらしたのですね。
田口 はい。「無常」など絶対に受け入れられないと思いました。それはわたしの「かたちある者=人間」としての生命力を奪うと感じたのです。ですが「一切は空である……色即是空」は、そのまま「空即是色」なのです。このことを、最初は「有と無」が対になっているように思っていました。そうではないのです。「有でなく、無でもない」という第三の状態を示していることがぼんやりとわかってきました。そして「サンカーラー」という言葉はそのような「固定されない状態=自由」を表しているのだ……と。自然はあるがままに展開していますし、わたしもその一部です。なのに意識はあるがままを受け入れられません。不都合や災難を受け入れることを敗北と感じるからです。わたしにとって人生は意識で克服すべきものでした。人間が意識をもったのは人生を主体的に生きるためだと考えていました。努力し、計画し、その結果として思い通りの人生を生きることがよいことだと信じていました。でも、そうではないのかもしれない……と、思い始め、人生観そのものがゆらぎ、混乱しながら送った震災後の日々を再構成したのがこの小説です。
――震災以前から原発の問題に興味を持ち、対話の重要性を訴えてこられましたね。水俣や、広島の原爆の問題なども小説の題材になさっていますが、これらの問題は田口さんのなかでどうつながっているのでしょうか?
田口 水俣、広島、原発……、この三つは私の中でまるで別個のものでしたのに、十年を経て不思議なつながりを見せ始め自分でも驚いています。なぜこれらのテーマと向き合ってしまったのか。それはやはり幼少期の家庭環境にあると思います。私のなかに「暴力」というものへの関心、そして「人間とはなにか?」という子どもの頃からの問いがあったからでしょうね。そのことが震災を経て、よりはっきりしました。わたしはたぶん、人間の弱さに怒っているのです。でも、同時にその弱さを認めて、許して、自由になりたいのだと思います。
――ノンフィクションとも取れる作品ですが、なぜ小説として発表なさったのでしょうか?
田口 この本は私の個人的な体験を書いたものであると同時に、私を超えた世界と私の接点を描こうとしました。私にとって小説は私の内的体験の再構成(サンカーラ)であり、コラージュのようなものです。なぜ小説か? と問われれば、これが私の小説のスタイルなのだ……ということだと思います。

(たぐち・らんでぃ 作家)

書評

波 2012年11月号より

『サンカーラ―この世の断片をたぐり寄せて―』刊行記念特集
「わたし」の内奥を探る旅
今福龍太



 自分のかたわらに著者の影を、そのしずかな息づかいを感じているのであれば、人はすでにこの書物の芯に触れている。その芯の繊維質のもろく柔らかい手ざわりがふと感じられるまでになれば、著者はもう読者のなかにいる。読者とともに問い、考えている。親密な知り合い、分身、ゆえなき偶然の同胞(はらから)。たしかに私はこの声を、この苦しい息を、この額の熱を自分の内にすでに知っている。自分の一部として。
 震災後の著者の精力的な行動の陰で実践されていた、屈折した内面的な旅こそが本書の主題だ。放射線量の高い地域にひとり住みつづける女性に会いにゆき、その家と人が放つ堅固な存在感にうたれて沈思する。原子力というもっとも対話の難しい問題について専門家も交えて議論を繰り返しながら、人間同士の「ダイアローグ」(ギリシア語の原義は「境界を越えて話す」こと)そのものの可能性を模索する。ときにはイタリアでの講演で、放射能汚染に曝された当事者として外向的な仮面をかぶって語ることに疲れ果て、小さな少女のような沈黙のなかに押し黙る。震災と時を同じくして亡くなった著者の義母、そして義父の、それぞれに深い苦悩に満ちた単独の生の歴史を抱えながらの最期を看とることで著者のもとに訪れる、死の平等性という確信。
 サンカーラとは、人間が負っているこの世の諸行。わたしという意識が万象の因縁の和合としてあることの不思議。著者は、戦争や原発や暴力や死についてひたすら考えつづけることの意味を、「あなたが考え感じたことは、あなたの肉体が消えた後も残る」からだ、という。「人間の微細な感情は肉体が消えたあとも残響のように残り、すべての人間のなかに染み込んでいく」からだ、と。
 自己と他者がこうしてつながっているのであれば、そうかんたんに「自分」をなにものかに譲ることはできない。なにものかとは世間であり、社会であり、抽象的に正義とか良識とか呼ばれているものでもある。それは集団性において意味を与えられているので、自我の主張とはしばしば厳しく対立する。「わたし」が攻撃され瓦解する前に、人々は集団的なものに「わたし」を譲りあたえ、幻想の共同意識を対価として得て安堵する。形式的で便宜的でしかない帰属意識。そんなとき、過激な孤独に立つことはエゴイズムだろうか。いやそうではない。「わたし」の内奥を問いつづける孤独こそが、自分が自分だけのものではないことを気づかせ、自分の中にいる他者の魂を予感させるからだ。
 危機の時代、人間の心の奥底で、すでに個人は集団のなかに溶解しようとしている。体内にあらわれる暴徒、この不穏な群衆によって、すでに個人の心のガラス窓は叩き割られているのかもしれない。精神の均衡も理法も、この群衆によって転覆させられているのかもしれない。「わたし」の内奥を探り、修復する著者のひたむきさはだからこそ貴重だ。
 私たちが、著者とともに見ている淡い、かすかな希望の光景。苛烈な「出来事」の周囲に漂う霧のようなヴェールの襞のあわいで鋭く発光している、予兆の滴。そこでは、逝く春をまえに魚の目に泪が滲んでいる。いやそこでは、魚の目が泪なのである。目から泪が流れるのではなく、泪こそが目を目という器官に完成させるのである。人が、動物が、魚が、そしておそらくは木々が目をもつのは、泪を流すため。そのときの泪は、あまりに生命の存在、魂の存在にとって本質的なために、もはやたんなる悲嘆とも絶望ともかかわりのない、自然の不可欠な生命力の発露のあかしそのものとなる。いまもっとも必要な泪。
 そんな泪としての目を、わたしは著者の影のかたわらにいて感じている。瞳はじっと見ひらき、強い希求とともに泪を流している。温かく、柔らかく、優しい塩の味がする、ものごとの深みを見つめようとする泪である。泪としてのわたしであり、あなたである。
(いまふく・りゅうた 文化人類学者)

感想を送る

新刊お知らせメール

田口ランディ
登録する
文芸作品
登録する

書籍の分類

この分類の本

サンカーラ―この世の断片をたぐり寄せて―

全国の書店、または以下のネット書店よりご購入ください。

※ 書店によっては、在庫の無い場合や取扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

  • amazon
  • 楽天ブックス
  • 7net
  • e-hon
  • HonyaClub
  • TSUTAYA ONLINE
  • 紀伊國屋書店
  • エルパカBOOKS - HMV
  • honto