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きみが音楽の魂ならば、ぼくは音楽の肉体だ──二人の音大生の恋と運命を描く、芥川賞受賞第一作。

ハルモニア

鹿島田真希/著

1,540円(税込)

本の仕様

発売日:2013/09/30

読み仮名 ハルモニア
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判
頁数 142ページ
ISBN 978-4-10-469504-1
C-CODE 0093
ジャンル 文芸作品、文学賞受賞作家
定価 1,540円
電子書籍 価格 1,232円
電子書籍 配信開始日 2014/03/14

きみはぼんやりしているぼくを押し倒して唇を寄せてくる。このセックスはスケルツォみたいだな、とぼくは思う──スラブ系の血をひく天才美少女、その才能を誰よりも理解し、自由を受け入れる優しい青年。作曲家志望の二人と個性豊かな友人たちの恋と友情。音楽の秘密を探し、新しい音楽を作るのに必要なものは何かを問う表題作に最新短編を併録。

著者プロフィール

鹿島田真希 カシマダ・マキ

1976年東京生まれ。作家。白百合女子大学文学部フランス文学科卒。1998年『二匹』で文藝賞受賞。2005年『六○○○度の愛』で三島由紀夫賞受賞。2007年『ピカルディーの三度』で野間文芸新人賞受賞。2008年『ゼロの王国』で絲山賞受賞。2012年『冥土めぐり』で芥川賞受賞。他に『白バラ四姉妹殺人事件』『ナンバーワン・コンストラクション』『ハルモニア』など著書多数。

書評

天才と凡人の音楽(ハルモニア)

佐々木敦

 鹿島田真希は芸大の作曲科を目指していたことがあるほど音楽、特にクラシックに精通しており、過去にも『ピカルディーの三度』など作曲を題材にした作品を発表しているが、芸大をモデルにしたとおぼしき音楽大学に通う四人の音楽家の卵を描いた「ハルモニア」は、はじめて真正面から「音楽」を取り上げた小説である。
 スラブ系の血を引くハーフで、作曲科に首席で入学した「きみ」ことナジャ、本名加藤ナデジタ、歯に衣着せぬ物言いと面倒見の良さを併せ持つゲイの青年ルツ子、韓国からの留学生でピアノ科のイケメン、キム、そして二度の浪人を経てやっと芸大に入れた語り手の「ぼく」=トンボ。「ぼく」はナジャに恋をし、彼女は彼を翻弄する。あらゆる意味で彼女との差は歴然としている。天賦の才能を持ち、それゆえに他人の気持ちを忖度しない傍若無人な振る舞いの出来るナジャと、自分の平凡さを誰よりも自覚し、それでも地道に作曲家への道を歩みたいと思っている「ぼく」。物語はトンボの視点から、こんな四人の馴れ初めと、その後の顛末をテンポ良く語ってゆく。「ぼく」は、ついつい何でも音楽に変換してしまう癖がある。彼は頭の中で、ナジャとの行為や関係を音楽用語で描写する。この書法が実にユニークであり、何度も感心させられた。譜面の読める(書ける?)小説家、鹿島田真希ならでは、である。
 そう、何よりもまずこの作品は、非常に読みやすく、すこぶる面白い。ともすれば難解さを身に纏いがちだったこの作家が、芥川賞受賞前後から会得し、たとえば傑作『来たれ、野球部』に際立って示されていたのが、この語りの滑らかさだ。だがもちろん、それは単にリーダブルであるだけではない。初期作品に溢れていた魅惑的な観念性は、平易な言葉遣いと読者を飽きさせないストーリーテリングの裏に忍び込み、静かに、だが烈しくたゆたっている。
 持てる者と持たざる者の対峙を、通常よりもはるかに極端な、時には荒唐無稽とも思えるような設定を拵えて、なかば戯画的に描き出すというのは、鹿島田真希の得意技のひとつだと言えるが、この小説においては、音楽という紛れもない天才の存在する世界、努力や献身だけではどうしても追いつかない超絶的な境地のある世界を舞台とすることで、より鮮やかにされている。「ぼく」はナジャを、ルツ子を、キムを、そして自分自身を観察し、その行動と内面を描写し続ける。繰り返すが彼は自らの凡庸さをよくわかっている。だがしかし、絶えず凡庸さを自覚し続ける者はもはや単に凡庸なだけではあり得ない。
 たとえばキムの先輩で声楽科の中島さんという女性が出てくる。「ぼく」の作曲した声楽曲を彼女に歌ってもらう過程で、「ぼく」は中島さんの凡庸さと、彼女自身にとっての彼女の凡庸さを認識する。このエピソードは明らかに重要な意味を持っている。読者はもしかして「ぼく」は中島さんを好きになるのかもと一瞬思うが、そんなことはない。彼はやはりナジャを選ぶのだ。しかしこのことをいわゆるピュアで一途なラブ・ストーリー的にのみ理解しようとすると(そうしてもいいのだが)、鹿島田真希が描き出そうとしている真の主題を見誤ることになるだろう。
「文学というのは、特別でない人の救いになるために存在しているのだと私は思う」と、鹿島田真希はあるところで語っている。特別でない、持たざる者の救い。この発言は、しかしやはり単純に凡人への共感と解してはならない。この作家がやろうとしていることは、もっと厳格で残酷で、と同時に並大抵ではない慈愛に満ちている。
「ハルモニア」とは「調和」を司るギリシャ神話の女神の名前である。特別な人は確実に存在する。特別でない者も存在する。この二つの真理を転倒することは結局のところ詭弁にしかならない。これらをしかと認めた上で、しかし両者が出会うところにのみ「調和」が実現するのだと考えること。天才か凡人かは受け持つパートの違いでしかない。こうして「ぼく」の一種の成長譚である「ハルモニア」は、「文学」としての使命をまっとうする。そしてこの試みは「音楽」を題材にしたからこそ成功しているのだと私には思われる。

(ささき・あつし 批評家)
波 2013年10月号より

音を見よ

長野まゆみ

 トンボの愛称をもつ主人公が、同級生のナジャ(日本国籍のスラブ系混血美人)に、〈きみ〉と語りかける構成になっている。トンボは二浪して音大の作曲科に入学した耳のよい人だ。
 というわけで、彼の目と耳を通して物語は進んでゆく。音大生のように感度のすぐれた耳を持たないわたしだが、ありがたいことに『ハルモニア』は、映像でもアニメーションでもない。挿絵もつかない。純粋なる〈文字とことば〉なのだ。
 つまりわたしは、ここで表現される音を「見て」もかまわないということだ。共感覚のことを云っているのではない。
 現代音楽の知識はゼロのわたしだけれども、現代美術と現代詩のことは少しわかるので、トンボが作曲する音を、美術と詩に置き換え(空間として)理解する、という意味だ。
 ちなみに現代文学のことも、さっぱりわからない。ただ、鹿島田さんが一番前のほう(前衛)にいることは、現代美術と現代詩の鑑賞法を応用できる点で確かだと思っている。
 トンボとナジャ、それに仲間たち(人を選んでカミングアウトするゲイのルツ子、家柄のよい留学生のキム)は、いまを生きる人たちだから、いま必要な音楽を求めている。
 血筋と環境と才能に恵まれたナジャは、音楽やそれの糧となるものをひたすら追いかけて貪る。人がどう感じようとおかまいなし。だから資産家息子のキムにたいし、金めあてを隠しもしないで「恋人になりたい」などと平気な顔で云う。悪女なのではなく、コミュニケーションにも音楽的アプローチが必要なのを学ばずに大学生になってしまっただけである。 
 いっぽう、二浪してやっと音大に入学したトンボは、生活のためのアルバイトに追われながら作曲に取りくんでいる。こちらは、才能あふれるナジャのような学生を目の当たりにして、自分の平凡さを再確認する日々なのだが、彼はそれでも音楽を奏でたいという情熱が自分のなかから消え去らないことを自覚し、それが「なにゆえ」かを冷静に分析してゆく。
 ここで、先ほどの「現代詩や現代美術に置き換えて読む」を実践すると、わかりやすくなる。具体的には草間彌生さんや吉増剛造さんの作品を思い浮かべてみる。その作品は常に、自身とともに〈いまここにあるべきものすべて〉を空間的に表現する。空間の規模は途方もなく、あっさりと視野におさまるものではない。
〈アルバイトで疲れはてナジャにふりまわされ課題に追われる日常〉に身をひたしているトンボは、その実生活こそが音楽を構成する要素なのだと気づく。表現者としては、ずいぶん早くたどりついたな、と妬ましくもある。
 それを得た彼は無敵だ。才能を持てあましてスランプにおちいったナジャをはげます余裕さえ生まれる。
 鹿島田さんの作品にはめずらしく〈和み〉系で、現代の表現者になろうとする若者たちへの応援歌としても読める。しかし本質は、ことばによる体感的表現の実験だろう。視覚、聴覚だけでなく、嗅覚や触覚や味覚もある。
 いつも参考にする脳科学の読み物(『脳が心を生みだすとき』S・A・グリーンフィールド/新井康允訳/草思社)によれば、視覚野に達した電気的信号が、なぜ視覚として体験されるのか。また体性感覚野や聴覚野などに達した電気的信号が、なぜ触覚や聴覚として感受されるのか。「まだ納得のいく説明はない」そうだ。
 さらさらっと軽快な印象でありつつ、ひろびろゆったりしている。鹿島田さんの「アネゴ」的な部分を楽しめる作品だ。併録作「砂糖菓子哀歌」は濃厚クリームのような味わいで好対照。絶妙の取りあわせである。

(ながの・まゆみ 作家)
波 2013年10月号より

目次

ハルモニア

砂糖菓子哀歌

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