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禁断の恋。懊悩。ホロコースト。孤独な少年の夢想が残酷な過去を掘り起こす。

  • 映画化ある秘密(2012年4月公開)

ある秘密

フィリップ・グランベール/著 、野崎歓/訳

1,760円(税込)

本の仕様

発売日:2005/11/30

読み仮名 アルヒミツ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 158ページ
ISBN 978-4-10-590051-9
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究、ノンフィクション
定価 1,760円

父と母は何か隠している……。ひとりっ子で病弱なぼくは、想像上の兄を作って遊んでいたが、ある日、屋根裏部屋で、かつて本当の兄が存在していた形跡を見つける。両親の秘密とは何か。ナチスによる弾圧と虐殺のはざまで、二人に何が起ったのか。一九五〇年代のパリを舞台にした自伝的長編。高校生が選ぶゴンクール賞受賞作。

著者プロフィール

フィリップ・グランベール Grimbert,Philippe

1948年、パリ生まれ。パリ大学ナンテール校で心理学を学ぶ。現在、パリで精神分析クリニックを開業。精神分析に関するエッセーを3冊刊行したのち、2001年に小説『ポールの小さなドレス』を発表。続いて2004年に刊行された『ある秘密』は高校生が選ぶゴンクール賞、および「エル」読者大賞を獲得、ベストセラーとなった。

野崎歓 ノザキ・カン

仏文学者・東京大学教授。

書評

波 2005年12月号より 過酷な歴史に飲み込まれた人々の絶唱  フィリップ・グランベール『ある秘密』 (新潮クレスト・ブックス)

松永美穂

 子供には、不思議な勘が備わっているものだ。この小説を読みながら、あらためてそんなことを思った。大人の話なんか聞いていないようで、実はちゃんとわかっている。まだろくにしゃべれないうちから、こちらの気持ちを敏感に汲み取って、驚くべき行動をとったりもする。大人たちが口にする事柄だけでなく、口をつぐんでいること、ひた隠しにしていることなども、子供はいつのまにか察しているものだ。大人たちの心の傷のありかや、傷を共有する者たちのあいだにできあがっている一種の秘密結社などのことも。「どうして?」と尋ねたりはしない。それが「秘密」と呼ばれるものであることを、子供はまだ知らないのだから。押し開けるべき「秘密」の扉も見つからないのだ。
 この小説の主人公、貧弱な体つきで、運動がまるでできない少年は、いつのまにか頭のなかで、自分のドッペルゲンガーである「兄さん」をつくりあげている。強くて、体が大きくて、みんなから一目置かれる「兄さん」。「教室の椅子に座っていて、兄さんの肩が自分の肩と触れあっているのを感じると心が落ち着いたし、先生に当てられたとき、兄さんが耳元で正解をささやいてくれるということもしばしばあった」。そんなにも、少年は架空の「兄さん」と一心同体になっている。でも、どうして「兄さん」でなくてはいけなかったのだろう? 一人っ子の少年にとっては姉でも妹でも弟でもよかったはずなのに。少年はまだ知らない。それこそが、「秘密」の扉だということを。無意識に、「秘密」の在処を探り当てていたのだ。その扉の向こうには両親がけっして口にすることのない過去が存在していた。少年は、十五歳の誕生日の翌日に、それを知ることになる。
 十五歳。いかにも象徴的な年齢だ。少年は子供から大人になろうとしている。彼は両親の「秘密」を知り、両親に告げることなくそれを守り続けていく。二重に「秘密」を背負うという負担を我が身に引き受け、さらにその「秘密」の結末を、両親さえ探し出そうとしなかった事実を明るみに出そうとする。成長した少年が老いた両親に対して、自分が「秘密」の共有者であることを告げる場面は、彼の人生のクライマックスといっていいだろう。この瞬間、少年は完全に大人になり、両親を守る者へと変わったのだ。と同時に、彼はこのことによって自分の存在をようやく肯定し得たのだ、とわたしには思えた。両親の「秘密」がなければ少年は生まれなかった。夢に描いた「兄さん」と少年は、そもそもこの世では共存し得なかった。だからこそ主人公は、自分にできる最大限のことを、兄たちを記憶にとどめるためにやり遂げようとする。
 この小説は、著者であるフィリップ・グランベールの実人生を題材としている。小説の主人公の姓もグランベールであるが、そのスペルGrimbertは、かつてはGrinbergと綴られたのだそうだ。姓に関するこの変更が、両親の「秘密」と深く関わっているという点は非常に興味深い。
 読み終わって、戦中・戦後のヨーロッパに思いを馳せた。戦後、グランベール家のような秘密を抱えることになった家庭は、フランスだけではなくドイツにも、イタリアやハンガリーやポーランドにも、相当数あったのではないだろうか。もちろん秘密のディテールは各家庭ごとに異なっていただろうし、語られぬまま葬り去られてしまった秘密も多かったことだろう。
 戦後五十年、六十年を経て、子供の立場から親の世代の戦時中の行動を探ろうとする小説やノンフィクションがヨーロッパで次々に出版され、日本でもその一部が紹介されている(たとえば親衛隊員を母に持つヘルガ・シュナイダーの『黙って行かせて』や、ウーヴェ・ティムの『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』、W・G・ゼーバルトの『アウステルリッツ』など)。親の世代が老いと死を迎えているいま、沈黙の彼方に沈み込んでいた秘密に最後の光を当てる試みが、意識的に行われていることがうかがえる。グランベールの小説も、そうした流れのなかにおくことができるだろう。逆に日本では、子供の側から戦中派の親へのアプローチというのは、まだまだ非常に少ない気がしてならない。
 重いテーマにもかかわらず、グランベールの小説の語り口は淡々としていて、どこか澄みわたった空のような印象だった。激しい言葉を使わなくても滲み出てくる切なさがある。削りに削って磨き上げた行間から、過酷な歴史に飲み込まれた人々の絶唱が静かに響いてきた。
(まつなが・みほ ドイツ文学者)

短評

▼Rio Shimamoto 島本理生
物語の冒頭から秘密の影はすでに現れている。読者はまず、その影を追うように物語へと引き込まれ、次第に、戦争や愛、そして深い絶望と孤独の中へ踏み込んでいく。ごく普通の一家の背後に隠されていた、人間の苦しみの全てを凝縮したような過去。それでも真実を受け止めようとする主人公の強い意志と、必死に生きようとする人々の姿が、容易に感動という言葉では語り尽くせないほどの切実なリアリティを持って、胸に迫ってくる。

▼Edith Serero エディト・セレロ[パリ・マッチ]
『ある秘密』について語るときには、声をひそめなければならない。これはあなたの心にとりついて忘れられなくなる、稀な書物のひとつである。

▼Pascale Frey パスカル・フレ[ファム]
読み出したら最後、止まらなくなる。あなたは、読み終えるときが訪れないようにと願うことだろう。読書の喜びをそれほど強く感じさせてくれる作品なのである。

▼Mohammed Aïssaoui モハメド・アイサウイ[フィガロ]
内容から言っても、形式――驚くべきシンプルさ――から言っても、きわめて美しい作品。作者は家族の重大な秘密を物語りながら、安易なうち明け話の罠をみごとに免れている。

▼Jérôme Garcin ジェローム・ガルサン[ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール]
ドヴォルザークの『悲しみの聖母』を聴くときのような心震える感動を読者に与える作品。今後この物語は、読者から読者へと受けつがれていくことだろう。

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