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逝ってしまったきみへの追想と祈り――。少年と教師、ひと夏の恋。

黙祷の時間

ジークフリート・レンツ/著 、松永美穂/訳

1,728円(税込)

本の仕様

発売日:2010/08/31

読み仮名 モクトウノジカン
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 138ページ
ISBN 978-4-10-590086-1
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 1,728円

追悼式の日、合唱隊が歌い、彼は目を閉じる。夏休みの小さな港町で、少年は美しい教師に恋をした。海辺の出会い、ヨットレース、ビーチドレスと短い黒髪、そしてホテルの夜……織りなす記憶の重なりは、やがて沈黙に満たされる――妻を亡くした巨匠レンツが祈りを紡いだ物語、ドイツでベストセラーとなった清冽な恋愛小説。

著者プロフィール

ジークフリート・レンツ Lenz,Siegfried

1926年、東プロイセンのリュク(現在はポーランド領)生まれ。第二次世界大戦中、海軍に召集されるが、戦争末期に脱走。捕虜生活を経てハンブルクに定住。ハンブルク大学で哲学や英文学を学ぶ。ジャーナリストとして働いたあと、1951年に『空には青鷹がいた』で作家デビュー。1968年の『国語の時間』で成功を収め、現代ドイツ文学を代表する作家の一人となる。ドイツ書籍平和賞、フランクフルト市のゲーテ賞、ゲーテメダルなど、数々の賞を受賞している。

松永美穂 マツナガ・ミホ

1958年生まれ。早稲田大学教授。著書に『誤解でございます』など、訳書にベルンハルト・シュリンク『朗読者』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、ジークフリート・レンツ『黙祷の時間』、へルマン・へッセ『車輪の下で』、ペーター・シュタム『誰もいないホテルで』など。

書評

少年の純情と喪の仕事

 十八歳の高校生の少年が、美しい先生を好きになってしまう。先生もそれに応える。しかし、先生は死んでしまう。
 こう書くと、スキャンダルな物語に思われるかもしれないが、実はとても静かなラブストーリーになっている。
 それはまずこの小説がクリスティアンという少年の一人称で書かれているため、回想形式を取っているため、そして何よりも題名にあらわれているように、愛する人間を失った者の悲しみに浸されているためだろう。
 時代設定は一九七〇年代だろうか。それでもこの小説には、どこかまだヘルマン・ヘッセの世界に通じる「少年の純情」が残っている。
 思春期の少年が、美しい女の先生に憧れる。私などの世代では一九五八年に公開された西ドイツ映画「朝な夕なに」(57年、ヴォルフガング・リーベンアイナー監督)が思い出される。ルート・ロイヴェリック演じる高校の先生が大人の女性の美しさを見せた。この小説にあるのも、恋愛というよりもう少し青々とした憧れだろう。まだ大人になる手前にいる少年が年上の女性に憧れる。現代では次第に失なわれているういういしい「少年の純情」のために、この小説は現代の小説なのにどこか懐しさがある。
 北ドイツの海辺の町が舞台。クリスティアンという少年は学級委員長をしている。まだ素朴なところがある。採石業者の父親の仕事を嫌がらずに手伝う。石を山からではなく海の底から採るというのが面白い。高校で英語を教えている美しい先生、シュテラがそれに興味を持つ。「海底に石の原っぱがあるのね」「一度見てみたいわ」。
 そんなことがきっかけで二人は親しくなる。少年と年上の女性の関係というとすぐに松永美穂さんが訳してベストセラーになったベルンハルト・シュリンクの『朗読者』を思い出すが、あの小説のヒロイン、ハンナに比べると、シュテラは知性的で少年たちにオーウェルの『アニマル・ファーム』を読ませ、自身はフォークナーの『八月の光』を読む。
 しかもシュテラは泳ぎも達者で、教え子が夏の海でヨットを転覆させて溺れかけた時、果敢に飛び込んで助ける。クリスティアンにとって彼女は美神のような存在になる。
 いつも海がある。町の子供たちは船の人間が投げたコインを海に潜って取ってくる。浜辺では海の祭りが開かれる。二人は船遊びを楽しむ。海に浮かぶ小さな島で時を過ごす。
 海辺の町には漁師も多い。クリスティアンは子供の時から魚に慣れているのか、魚の食べ方がうまい。その器用な手つきを見てシュテラが感心する。このあたり微笑ましい。海の町の良さが感じられる。
 二人はホテルで一夜を過ごすが、レンツの描写はあくまでも慎ましい。二人は北の海をわたる微風に包まれているようだ。
 先生と生徒が愛し合う。大問題になるかと思いきや、少年の友人たちも少年の両親もことを荒だてることはしない。二人の関係が「少年の純情」によって支えられていることが分かっているからだろう。
 悲劇が訪れる。少年の見ている前で、シュテラが海の事故に巻きこまれる。すぐに少年は海に飛び込んで彼女を助ける。小さな騎士になっている。助け上げたシュテラに彼は「ぼくがきみを守るよ」と語りかける。その「少年の純情」にはほろりとさせられる。
 しかし、結局は彼女は逝ってしまう。少年の悲しみ、無念さ、そして自分は愛する者を助けることが出来なかったという自責の思いが痛ましい。
 現在の追悼式と、シュテラの思い出が交互に語られてゆく。ラブストーリーであると同時に、少年の喪の仕事になっている。おそらくこの大きな試練を通して少年は大人になってゆくのだろう。最後、シュテラの遺骨が海に撒かれるのも海の物語にふさわしい。

波 2010年9月号より

まとめテーマでくくる 本選びのヒント

解説

波 2010年9月号より

愛する者を喪うということ
――ジークフリート・レンツをめぐって

松永美穂


 一九二六年、現在はポーランドになっている東プロイセン地方に生まれたジークフリート・レンツは、ドイツではギュンター・グラスの盟友にあたる作家といっていいだろう。イギリス軍の捕虜として敗戦を迎え、ハンブルク大学で哲学や英文学を学び、ジャーナリストとして働いた後、一九五一年から作家として活動を始めた。作家デビューはグラスよりも早かったが、その後、グラスと同じく「四十七年グループ」という作家・批評家の集まりに参加し、ドイツ社民党やヴィリー・ブラントの東方政策を支持したことで知られている。来年でデビュー六十周年。この間、ずっと作家として一線で活躍し、読者だけでなく、批評家たちの尊敬も集めている。多くの受賞歴を持ち、トーマス・マン賞やゲーテ賞など三十近い賞や名誉博士号を受けている。初期のレンツは抑制のきいた、人間観察に長けた短編の名手とされ、その後『国語の時間』(一九六八)や『郷土博物館』(一九七八)などの長編でも高い評価を受けた。映画化・ドラマ化された作品はすでに十本以上。高齢にも拘わらず積極的に執筆を続け、今回訳出した『黙祷の時間』(二〇〇八)は今世紀すでに五冊目の本に当たる。
『黙祷の時間』は不思議な小説である。故人を偲ぶ追悼式の「黙祷」の前後に、主人公の高校生クリスティアンが、さまざまな追想にふける。亡くなった英語の先生に「シュテラ」と呼びかけ、彼女との愛の思い出を胸中に呼び起こす……。教師と生徒との、禁断の恋? 好奇心をかき立てられるテーマだけれど、レンツはこの物語をさらりと上品に書いている。ドイツの書評では、この上品さが一様にポジティヴに評価され、主要紙の絶賛を浴びた。その年のベストセラーとなり、クリスマスにはプレゼント用の豪華版も出されたほどだ。どぎついセックスや暴力が珍しくない現代の文学作品のなかで、この小説はシュテラを思うクリスティアンの一途さにスポットを当て、悲しいストーリーながら爽やかな印象を与えてくれる。少年が恋を知り、セックスを知り、愛する年上の女性と暮らしたいと真剣に考え始める。一方その女性は学校では教師としての立場を貫き、家では老親の世話に追われている。二人の年齢の差は五歳くらいだろうか。颯爽として思いやりもあり、生徒から慕われ、運動神経も抜群のシュテラと、学級委員長として人望の厚いクリスティアン。海辺の一夏の恋が、さまざまな思い出を作っていく。しかし突然、シュテラに不幸が襲いかかり……。
『黙祷の時間』は、レンツにとってもう一つの「追悼」の物語でもある。五十七年間連れ添った妻を、二〇〇六年に亡くした。ドイツの読者は、妻を亡くして間もないレンツが、高校生を主人公にみずみずしい恋愛小説を書いたことに驚き、感動した。だが、この小説にはさらに大きな、レンツの人生の秘密が隠されていた! ここでは書ききれないその秘密については、訳者あとがきで解説しています。

短評

▼Kawamoto Saburo 川本三郎
思春期の少年が、美しい女の先生に憧れる。私などの世代では1958年に公開された西ドイツ映画「朝な夕なに」が思い出される。ルート・ロイヴェリック演じる高校の先生が大人の女性の美しさを見せた。この小説にあるのも、恋愛というよりもう少し青々とした憧れだろう。まだ大人になる手前にいる少年が年上の女性に憧れる。現代では次第に失われているういういしい「少年の純情」のために、この小説は現代の小説なのにどこか懐しさがある。

▼Tagesspiegel ターゲスシュピーゲル
ジークフリート・レンツは彼の新しい小説で、愛について書いている。これだけでも特筆すべきことだ。そして彼は、考え得る限り最も上品で、しかも難易度の高い方法で、それを行っているのである。

▼Ulrich Greiner ウルリヒ・グライナー[ディー・ツァイト]
これほど貞淑でありながらエロティックなものが読めることはめったにない。『黙祷の時間』は、時代を超えた貴重な作品でありながら、いまの時代にマッチしている。

▼Frankfurter Rundschau フランクフルター・ルントシャウ
自ら長いこと闘病生活を送っていて、妻を亡くしてもいるレンツは、この小説によって思い出のなかに青春を甦らせようとしているかのようだ。レンツの作品をずっと読んできた多くの読者たちは、この嘆きを喜んで分かち合うだろう。

▼Marcel Reich-Ranicki マルセル・ライヒ=ラニツキ[フランクフルター・アルゲマイネ]
感性豊かな散文だ。読者はすべてを感じ、見、聞き、嗅ぐことができる。

訳者あとがき

『黙祷の時間』(原題Schweigeminute)は、ジークフリート・レンツが二〇〇八年に発表した作品である。八十二歳のレンツが、男子高校生の恋をみずみずしく描いた、ということで出版直後から話題を呼び、書評でも絶賛された。この年には、八十一歳のマルティン・ヴァルザーもゲーテの老いらくの恋をモデルにした小説『恋する男』で評判になっており、「恋」をテーマにしたベテラン作家たちの作品がドイツ文学界の注目を集めることになった。
『黙祷の時間』は高校生クリスティアンの回想によって綴られている。折しも講堂では、亡くなった英語のペーターゼン先生の追悼式が行われていて、クリスティアンはこの式に出席しながら、心のなかで「シュテラ」に話しかけ、一夏の恋の思い出に耽っているのだ。「シュテラ」はペーターゼン先生のファーストネームであり、二人のあいだには、誰にも話していない秘密があった……。
 主要人物が冒頭から死んでいるという設定は、レンツの『アルネの遺品』を思い出させる。『アルネの遺品』同様、本作もタイトルそのものが、死を暗示している。そもそもドイツの現代文学には、クリスタ・ヴォルフの『クリスタ・Tの追想』や、ウーヴェ・ヨーンゾンの『ヤーコプについての推測』などのように、すでに死んだ人物の姿を語り手が再構成していくタイプの作品は珍しくない。クリスティアンの記憶のなかのシュテラは、美人で、活発で、颯爽とした、人気者の先生だ。家では父一人娘一人で暮らしており、心をこめて老父の面倒を見る優しい娘でもある。年齢はよくわからないが、二十代前半だろうか。(ドイツの書評には三十歳と推測しているものもあるが、高校生から見てもっと年の近い、お姉さん的存在だったのではないかと思う。)男子生徒たちの憧れの的だったと思われるシュテラに、クリスティアンは夏休みのある日を境に急接近することになる。
 通貨の単位はマルク。英語の教材はジョージ・オーウェルの『アニマル・ファーム』。携帯電話もメールもパソコンも出てこないこの小説が描いている時代は、一九七〇〜八〇年ごろと推測される。戦時中にイギリス軍の捕虜だったシュテラの父親が、いまでは年金暮らしをしている。一方で、戦後生まれのシュテラが成人し、高校の英語教師になっている。彼女が英語教師になったのは、シュテラの父親が捕虜だった時代に働いていたイギリスの農場を、父親と共に訪問したのがきっかけらしい。イギリス軍の捕虜になったという経歴は、実は作者レンツのものでもある。レンツは十九歳で敗戦を迎えたが、捕虜時代は収容所で英語の通訳を務め、戦後は大学で英文学を専攻している。この小説からは、いろいろな点でレンツの「イギリスびいき」を読み取ることができるだろう。
 この作品はまた、レンツの他の多くの作品と同じく、水辺や港町を舞台にしている。レンツ自身が長いこと港町ハンブルクで暮らしていて、エルベ川や北海・バルト海の風景に親しんできた。すでに初期のころから、海や川は作品において重要な役割を果たしている。長編小説『国語の時間』には川を見下ろす場所にある少年院が出てきたし、『流れのなかの男』では家族を養うために年齢を詐称する老潜水夫が主人公だった。短編集『嘲笑の猟師』には、自分の勇気を証明しようと嵐のなかにボートを漕ぎ出す若者とその破滅を描いた「向こうの島々では」という作品も収められている。同じ短編集のなかの「難破船」「上げ潮は正確にやってくる」なども、いかにも北ドイツらしい水辺を描いており、レンツには街を行き交う人々を魚に喩えた『ハンブルクの人々』という、ユーモラスな作品もあるのだった。
 海や川は、人々に仕事の場を提供し、生活の糧を与えると同時に、自然の厳しさを教える教師ともなる。水はまた、遠い世界への郷愁をかき立てる。港を出入りする、さまざまな種類の船。(レンツはいろいろな船を巧みに描き分けている。)そして、海の男たち。
 クリスティアンは海辺で育った若者で、海底の石を集める父親の仕事を手伝っている。泳ぎはもちろん得意だし、船を操ることもできる。十八歳で、酒もタバコもやり(ドイツでは十八歳で成人と見なされる)、学校ではまだレポートを書かされたりしているけれど、肉体的にはもう立派な大人なのだ。というよりもクリスティアンは、シュテラと親密になることで、自分が大人の世界に足を踏み入れたことを急速に意識するようになる。貯金を下ろし、父親に家事手伝いの報酬の増額を要求し、いずれはシュテラと暮らしたいと夢想する彼の姿はほほえましい。だが、一方のシュテラは多くの秘密を抱え、胸に複雑な思いを隠しているように見える。シュテラは誰を愛していたのだろうか。友人たちとのヨット旅行は、自分の心を整理する時間を得るために必要なものだったのだろうか。シュテラからクリスティアンへの絵はがきは、婉曲な愛の証といっていいのだろうか。
『黙祷の時間』は不思議な作品である。回想のなかでクリスティアンの思いは行きつ戻りつし、できごとは順不同に語られる。謎のまま残る事柄もいくつかある。(たとえば、夏休み後、シュテラの授業がしばらく休みになったのはなぜなのか?)クリスティアンにとっては夏休みのクライマックスであったろう「枕の思い出」は、とても静かに、あっさりと語られる。どぎついセックスや暴力の氾濫する現代において、これほど控えめに、遠回しに性愛が描かれることが、批評家の目にはむしろ新鮮に映ったようだ。確かに、細部は語られず、読者は早朝、階段を駆け下り、余韻に浸りつつ家に戻っていくクリスティアンを目撃するのみである。レンツは従来からあまり作品中でセックスに触れることがない作家で、クレスト・ブックスに収められた『アルネの遺品』でも『遺失物管理所』でも、異性への憧れはごく淡い形で暗示されるにとどまっていた。明らかに一線を越えた男女を描いた今回の作品は、レンツにしてはかなり大胆なものともいえるのである。
 この小説は「ウラ」という名の女性に捧げられている。レンツは二〇〇六年に、五十七年間連れ添ったリーゼロッテ夫人を亡くしており、二人のあいだには子どももいなかったため、「ウラ」というのが誰のことなのか、当初はわからなかった。しかし二〇一〇年六月になって、突然レンツの再婚が週刊誌などで報じられ、新しい夫人の名が「ウラ」であることがわかった。彼女はハンブルクで長いあいだレンツの隣人であり、リーゼロッテ夫人の死後意気消沈していたレンツを励ましているうちに、新しい愛が芽生えたらしい。とすると『黙祷の時間』は、レンツ自身が夫人の喪に服しつつ執筆しながら、背後には新しい恋を予感していたという、いささか意味深な小説ということになる。この作品の随所に見られる「空白部分」は、レンツ自身の葛藤を反映しているのかもしれない。
 翻訳にあたっては、新潮社の佐々木一彦さん、清水優介さんに大変お世話になった。また、校閲の猪股和夫さんからは、多くの貴重なご指摘をいただいた。三人の方々のサポートに、深く感謝申し上げます。

 二〇一〇年七月二十日

松永美穂

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