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小説のように

アリス・マンロー/著 、小竹由美子/訳

2,640円(税込)

発売日:2010/11/30

書誌情報

読み仮名 ショウセツノヨウニ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 430ページ
ISBN 978-4-10-590088-5
C-CODE 0397
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,640円

「短篇小説の女王」による、国際ブッカー賞受賞後初の最新短篇集!

子連れの若い女に夫を奪われた過去をもつ音楽教師。新しい伴侶とともに恵まれた暮らしを送る彼女の前に、自分の過去を窺わせる小説が現れる(表題作「小説のように」)。ほか、ロシア史上初の女性数学者をモデルにした意欲作「あまりに幸せ」など、人生の苦さ、切なさを鮮やかに描いて、長篇を凌ぐ読後感をもたらす珠玉の十篇。

目次
次元
小説のように
ウェンロック・エッジ
深い穴
遊離基

女たち
子供の遊び

あまりに幸せ
謝辞
訳者あとがき

書評

波 2010年12月号より 短篇小説に流れる長い時間

湯本香樹実

短篇の女王と呼ばれるアリス・マンローだが、マンローの短篇は、いわゆる短篇と呼ぶには大振りというか、完成度の高さと同時に溢れてしまいそうなものを抱えこんでいて、そのことのもたらす瑞々しさがこの上ない魅力である。名手ではあるが、「手練れ」という言葉からはもっとも遠い果敢なスタンス。最新の短篇集『小説のように』でもその魅力は遺憾なく発揮されている。というか、ますます研ぎ澄まされて、新しい地平に達した感がある。私としては、評価の高かった『イラクサ』や、自伝的要素を盛り込み「最後の本」と自ら語っていた『林檎の木の下で』よりも、本作が最高と言いたい。
物語はどれも、相当に長い時間を意識させられる。長いといっても歴史とか考古学の長さではなく、物語を語る声の持ち主が、一生のあいだに持てる範囲のなかでの時間とエネルギーを、めいっぱいかけて見渡したであろうと思われる視野のひろがり。そこには延々と続く日常のなかでの、ごく稀な、ある一瞬のほとばしりも含まれている。縦横自在にひろがり得る時間が、ひとりひとりの人間の身体を充たしているように、ひとつひとつの小説に充満し、横溢している。ようするにここに収められた小説には、人の運命というものについて語るために必要なだけの時間が、過不足なく流れているのだ。
前作『林檎の木の下で』は、「これは小説である」と彼女自身が断り書きしているが、自らの血族が辿った運命がその土壌になっている。これは私の勝手な想像だが、『林檎の木の下で』の旅を終えたマンローは、「自分はこういうところから生まれてきた」という、けっして自分では選べないものから自由になったのではないか。その自由さはもちろんもともと彼女の精神が持っていたもので、それは作品を読めばわかることだが、より幅が拡がった自由さを、より自覚的に使いこなして運命の回路図を描いている。それが、最新作を読んだ印象だ。
そこには「人の運命なんてこんなもの」といった、諦めや苦々しさや上から目線や、あるいはそれらの裏返ったかたちとしての人生への称揚はまったく感じられない。突き放した透徹した視線と、慈しむ眼差しが共存して、そのふたつの水路の合流したところにあるのが驚きだ。「人生にはこんなことがある、こんな人がいる」と、彼女自身の驚きを鮮やかに掬いとったような、だがとても静かな驚き。その驚きは、けっして騒がしくはならない。静かに、今にいたるまで、そしてこれから先も、ずっと続く驚き。ここにも時間が孕まれている。
冒頭の『次元』で衝撃を受けた。自分の子供を殺してしまった精神障害のある夫。妻に宛てられた夫の手紙と偶然によって導かれた、妻の変化、奇跡とも呼べる出来事に、七十代後半に至った作家の人を見る眼差しが、いちだんとクリアになったのを感じた。『顔』もとりわけ印象深い。生まれつき顔に痣のある主人公が、少年時代に行き違いによって別れた少女。二人のあいだの痛みに充ちた愛としか呼びようのない感情と、やがて訪れる慰めまでの、数奇な道のり。また、実在の女性数学者ソフィア・コワレフスカヤの物語『あまりに幸せ』は、マンローが厳然たる事実のなかにどのように真実を見出そうとしているか、その視線と手つきの一端が窺える作品だと思う。
「天才的な筆で描かれた醜聞」と評されたこともあるというマンロー作品だが、受け取りようによっては醜聞ともとれるような、ごく現実的・人間的な事柄への興味と、それらを離れたところから見つめる姿勢とのバランスこそ、それぞれの作家の資質を決めるひとつの大きな要素だろう。磨き抜かれたマンローならではのバランスを味わうのに、最適な一冊でもある。

(ゆもと・かずみ 作家)

短評

▼Yumoto Kazumi 湯本香樹実
通奏低音として流れているのは、長い時間だ。長いという言い方は充分ではないかもしれない。一瞬がたちまち膨張する、そんな垂直方向の時間も含めて、なんとたっぷりな時間がこれら短篇と呼ばれる小説群に横溢していることか。登場人物たちは皆、冥いスープに浮かぶ星のように白く輝いている。ここには何らかの「しるし」があるのではないか――読み手はそんな気がしてくる。占い師がカードの絵柄を読み解くように、星の配置を測るように、運命の回路をさがして、私たちはアリス・マンローを読まずにはいられなくなる。

▼Joyce Carol Oates ジョイス・キャロル・オーツ[ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス]
マンローは一見芸術性とは無縁のものを芸術に変えるという驚くべき才能を発揮する。僻地と呼ばれるような土地での暮らしにひたむきな視線を注ぎ、家庭における悲喜劇の物語を、広く深い次元へと広げていくのだ、魔術のように。

▼The Times タイムズ
この作品集はマンローが現代文学最高の作家であるという賞賛を裏づけている。

▼The New York Times ニューヨーク・タイムズ
マンローを「われらがチェーホフ」と呼ぶのは書評家のお決まりだが、彼女はわれらがマンローである。彼女をそう呼べるのは、なんと幸運なことか。

▼Anne Enright アン・エンライト[グローブ・アンド・メール]
『小説のように』はマンローの最高の短篇集のひとつだ。彼女の物語はページの上でじっとしていることを拒む生きもののようである。

著者プロフィール

1931年、カナダ・オンタリオ州の田舎町に生まれる。書店経営を経て、1968年、初の短篇集 Dance of the Happy Shades(『ピアノ・レッスン』)がカナダでもっとも権威ある「総督文学賞」を受賞。以後、三度の総督文学賞、W・H・スミス賞、ペン・マラマッド賞、全米批評家協会賞ほか多くの賞を受賞。おもな作品に『イラクサ』『林檎の木の下で』『小説のように』『ディア・ライフ』『善き女の愛』『ジュリエット』など。チェーホフの正統な後継者、「短篇小説の女王」と賞され、2005年にはタイム誌の「世界でもっとも影響力のある100人」に選出。2009年、国際ブッカー賞受賞。2013年、カナダ初のノーベル文学賞受賞。

小竹由美子

コタケ・ユミコ

1954年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。訳書にアリス・マンロー『イラクサ』『林檎の木の下で』『小説のように』『ディア・ライフ』『善き女の愛』『ジュリエット』『ピアノ・レッスン』、ジョン・アーヴィング『神秘大通り』、アレクサンダー・マクラウド『煉瓦を運ぶ』、ジュリー・オオツカ『屋根裏の仏さま』(共訳)『あのころ、天皇は神だった』ほか多数。

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