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「不死身の男」と「トラの嫁」。二つの謎めいた物語が、祖父の人生を浮き彫りにする。

タイガーズ・ワイフ

テア・オブレヒト/著 、藤井光/訳

2,420円(税込)

本の仕様

発売日:2012/08/24

読み仮名 タイガーズワイフ
シリーズ名 新潮クレスト・ブックス
発行形態 書籍
判型 四六判変型
頁数 382ページ
ISBN 978-4-10-590096-0
C-CODE 0097
ジャンル 文芸作品、評論・文学研究
定価 2,420円

自分は死なないと嘯き、賭けを挑む男。爆撃された動物園から逃げ出したトラと心を通わせた少女。紛争地帯で奮闘する若き女医は、二つの物語から亡き祖父の人生を辿っていく。戦争に打ちひしがれた人々の思いを綴る確かな筆致と、鮮やかな幻想性。弱冠25歳でオレンジ賞を受賞したセルビア系作家による、驚異のデビュー長篇。

著者プロフィール

テア・オブレヒト Obreht,Tea

1985年ベオグラード生まれ。1992年、紛争の激化するユーゴスラビアを離れ、家族とともにキプロスに、やがてエジプトに渡る。1997年にアメリカに移住。16歳で南カリフォルニア大学に入学、20歳でコーネル大学大学院の創作科に進む。ニューヨーカー、ゾエトロープ、ハーパーズ等の雑誌、ニューヨーク・タイムズ、ガーディアン等の新聞に短篇を寄稿。初の長篇となる『タイガーズ・ワイフ』は2011年のオレンジ賞を受賞(25歳での受賞は史上最年少)。全米図書賞の最終候補作となったほか、多くの新聞・雑誌で2011年のベスト作品のひとつに挙げられた。ニューヨーク州在住。

藤井光 フジイ・ヒカル

1980年大阪生れ。同志社大学教授。訳書にテア・オブレヒト『タイガーズ・ワイフ』、セス・フリード『大いなる不満』、ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』、レベッカ・マカーイ『戦時の音楽』等。2017年、アンソニー・ドーア『すべての見えない光』で日本翻訳大賞を受賞。著書に『ターミナルから荒れ地へ』『21世紀×アメリカ小説×翻訳演習』等がある。

インタビュー/対談/エッセイ

波 2012年9月号より 【インタビュー】トラとの出会い、母国への思い 訳/藤井 光

テア・オブレヒト

刊行と同時に英米の各メディアで激賞され、オレンジ賞の受賞作ともなった『タイガーズ・ワイフ』(25歳での受賞は史上最年少)。幻想的な作風と神話や寓話の関係について、生まれ故郷であり作品の舞台ともなっているバルカン半島の歴史について、著者に話を聞いた。

『タイガーズ・ワイフ』のアイデアはどうやって生まれたのですか?
――2007年の春に、アムールトラを取り上げた「ナショナル・ジオグラフィック」のドキュメンタリーを見たことをきっかけに、「タイガーズ・ワイフ」という短篇を書きました。そのときの物語は、サーカスで働く若いろうあの女の子が、いつも一緒にショーをしていたトラに逃げられて、探し回ったあげくに村にやって来るというものでした。評判は悪かったし、どちらかといえばあらすじに近いような書き方になっていて、短篇では自分の言いたいことをとうてい書ききれないと気がついたんです。そのころわたしは祖父を亡くしたという事実に創作を通じて向き合うようにもなっていて、どうやっても死ねない男についての小説も何ページか書いていました。三つのプロジェクトを一つにまとめたらどうだろうと思って試してみたら、結局三つとも同じ物語だと分かったんです。

「不死身の男」は何をもとにしているのですか?
――不死身の男という元型は、世界中の民話に出てきます。たいていは、死の必要性を問うためです。最初わたしは、彼をかなり邪悪な登場人物だと考えていました。何と言っても、彼は死の先触れなのですし、彼に声をかけられたいなんて人はいないでしょう? でも、彼と付き合っていくにつれて、彼の呪いや、自分や他人の人生に対する彼の態度の裏にある物語に目が向くようになりました。

この小説は自伝的なのでしょうか?
――もちろん、どんな物語にも自伝的な要素は出てくるものです。でも、『タイガーズ・ワイフ』はほとんどすべてフィクションです。わたしは医者ではないですし、わたしの祖父は技師でした。1941年のベオグラードの爆撃中に逃げ出したトラの記録なんて残っていないはずです。そうは言っても、登場人物たちのなかには、わたしの知り合いや親しい人の核となる部分が投影されています。結局はそうなってしまうんでしょうね。

あなたが神話と現実の境界線に興味を持つのはどうしてでしょう?
――現実を理解して生きていくにあたって、神話はしばしば素晴らしい効果を持ちます。人間は大きな争いに対処するために物語を作り、磨きをかけますし、わたしたちがお話として毎日語ることは、わたしたち自身の人生の個人的な神話になります。わたしたちの話を聞く人たちがその物語を受け入れてくれるのかどうか、という点も、『タイガーズ・ワイフ』の主題です。それに、神話と現実のつながりは、どんな物語作者にもかなりの程度共通する関心でもあります。本を書くときは、自分が作り出した世界をつかのまの現実として受け止めてくれるように読者にお願いするのですから。

寓話的な物語は、私たちの人生のなかでどのような意味を持つのでしょうか?
――寓話というのは、現実の世界や政治や具体的な事実にとらわれてしまうことなく、物事の本質について語るための素晴らしい方法だと思います。時には、自分であれこれ説明したりせずに物語を語りたくなることもあります。

お気に入りの幽霊物語はありますか?
――アメリカには幽霊物語の信じられないくらい豊かな伝統があると知ったことは、わたしには喜びでした。初めて行く町では、まず地元の幽霊について訊ねて回るようにしています。まじりけなしの幽霊もので言えば、わたしにとってはW・アーヴィング作の「スリーピー・ホロウの伝説」に勝るものはありません(わたしはまだ二十五歳だし、毎年十月には物語の舞台になったタリータウンのハロウィーンのお祭りに参加しています)。現代の文学だと、スチュアート・オナンのA Prayer for the Dyingなんか素晴らしいし、震えるし、ぞっとします。

小説で医者たちを中心にしたのはなぜですか?
――わたしの幼なじみは最近になって医者になりました。彼女からほんとうにたくさんの体験談を何年も聞かされているうちに、医者はしばしば、科学と信仰のあいだの溝を埋める必要に迫られるんだと気がついたんです。それによって生じる重荷は、小説でナタリアが選ぶ道にぴったりの設定でした。

『ジャングル・ブック』にはどんな思い入れが?
――『ジャングル・ブック』を読んだのは子どものころで、わたしの文学との付き合いのなかでとても大きな存在でした。あの本と『タイガーズ・ワイフ』のいくつかの要素との交錯は、とても自然に出てきたものだと思います。『ジャングル・ブック』は、主人公の祖父が幼かったときに、「トラ」とはどんなものかを理解する鍵になりますが、物語が進むうちに、一気にそれ以上の意味を持つようになります。

セルビアに戻ることはありましたか?
――わたしの祖母はまだベオグラードに住んでいるので、わたしはだいたい年に一回は戻っています。幼なじみはセルビアで医者をしています。そこを訪れていることは、まちがいなく創作にも影響しています。わたしが母国とのつながりを特に感じ始めたのは、2010年に「ハーパーズ」誌に発表したノンフィクション記事「吸血鬼たちの黄昏」の取材のために戻ったときでした。

バルカン半島で今も続く紛争についてはどう思いますか?
――わたしが国を出たのは七歳のときで、何がどうなっているのかを理解するには幼すぎました。そのあと何年も経つうちに、わたしは自分自身の人生にとってとても重要なものになった紛争とは何だったのかを理解するようになりました。でも、『タイガーズ・ワイフ』を書くときには、わたしはわざと地名や歴史上の人物の名前は削除しました。ユーゴスラビア解体についてのわたしの関心は、歴史的な事実の羅列ではなくて、人間の物語にあったからです。

ナタリアには個人的に共感するところがありますか?
――誰か一人の登場人物に完全に共感するというよりは、何人かの登場人物の関心や強迫観念に自分がゆるやかに共感することになったと思います。ナタリアが探求の旅に出ていること、祖父の死についての答えを求めていることには、まちがいなくわたしの経験が反映されています。でも、わたし自身の性格は、「クマのダリーシャ」や少年時代の祖父の人となりにもかなり投影されています。

この若さで一気に賞賛を浴びるようになったことについてはどう感じていますか?
――びっくりしていますし、ここまで支持してもらえるなんて今でも信じられません。でも突き詰めて言えば、こうして注目される前、初めてこの小説の版権が売れた二〇〇八年に、わたしは物語を最後まで読んでくれるくらい誰かが心動かされていることを本当にうれしく思いましたし、その気持ちは今でも変わっていません。

An Interview with Téa Obreht
By courtesy of the Gernert Company

藤井 光/魔術的な語りと、胸を打つ真摯さ――テア・オブレヒト『タイガーズ・ワイフ』の魅力

波 2012年9月号より 魔術的な語りと、胸を打つ真摯さ ――テア・オブレヒト『タイガーズ・ワイフ』の魅力

藤井光

バルカン半島の二〇世紀と「不死身の男」。ろうあの少女とトラ。その摩訶不思議な組み合わせから、戦争に対する哀しみと物語の愉楽をあわせ持つ、万華鏡のような物語が立ち上がる。デビュー前から大きな注目を集めていたとはいえ、テア・オブレヒトが二十五歳にして放った第一作『タイガーズ・ワイフ』は、周囲の期待をはるかに超える豊饒な小説だった。幻想と現実を織り交ぜながら、生と死、暴力と希望といった壮大な主題を見事にまとめあげた、妖しくも優雅な語りを前に、僕たちはただ息をのむほかない。
小説は医学の道を志すナタリアを語り手として、彼女の祖父をめぐる二つの物語を交互に展開する。一つは、祖父が九歳までを過ごしたバルカン半島の村にいきなり姿を現したトラと、村に住むろうあの少女の物語。そしてもう一つは、若かったころの祖父が賭けをした相手、「不死身の男」との腐れ縁の物語。夫の暴力に苦しむ少女の身に何が起こるのか? 祖父と「不死身の男」の賭けはどのような結末を迎えるのか?――登場人物たちの来歴を交えながら語られるにつれ、二つの物語は次第にサスペンス感を強めていき、さらには、十代で経験した紛争の傷痕を癒そうと奮闘するナタリアの現在ともつながっていく……。
こうして、二〇世紀にバルカン半島を次々に襲った戦争を背景とした物語に、陰影に満ちた幻想性が交錯する。とはいえ、暗く重苦しい時代を取り上げながらも、登場人物たちそれぞれの人生が語られるなかで物語がひたすら枝分かれしていくという、めくるめく語りのスタイルにより、オブレヒトは色彩豊かなモザイク模様を作り上げている。そこに「不死身の男」によるコーヒー占いや、グスラと呼ばれる弦楽器、「パシャの鏡の間」など、オスマン帝国時代の名残りが次々に描き込まれていくことで、物語の世界はいっそう色鮮やかなものになっている。そのなかで、暴力に苦しみながらも、それを越えて生きる希望を求める人々の姿が浮き彫りにされていく。魔術的な魅力に満ちていると同時に、どこまでも真摯で胸を打つ物語。小説にこれ以上望めるものなどあるだろうか、と言いたくなるほどだ。
このような物語世界が生まれた背景には、作者オブレヒト自身の経験と、彼女を魅了した文学の伝統がある。一九八五年に旧ユーゴスラビアのベオグラードに生まれたオブレヒトは、七歳のとき、悪化しつつある紛争から家族とともに逃れ、キプロス、エジプトを経てアメリカ合衆国に移り住んだ。自分の人生を一変させたあの紛争とは何だったのか、という問いを追いかけるうちに、彼女はさまざまな戦争や紛争にも通じるような「人間の物語」を見出すことになった。それを描いていくにあたっては、ミハイル・ブルガーコフやG・ガルシア=マルケスといったマジックリアリズムの達人たちから受け継いだ幻想的な語り口が絶妙の効果を生み、ついには『タイガーズ・ワイフ』という小説として結実した。
ドミニカ生まれのジュノ・ディアス、中国出身のイーユン・リー、ペルー生まれのダニエル・アラルコンらが第一線で活躍していることを考えれば、オブレヒトは現代アメリカ文学の潮流の最先端にいる作家だと言える。何ごとにもグローバル化が叫ばれるこの時代だが、文学においては、アメリカ的な価値や感性が世界に拡大するのではなく、むしろ逆に、世界各地の歴史や文学の伝統がそのまま、「アメリカ文学」と名づけられた無形の文学に流れ込みつつある。その勢いは、オブレヒトという新星の登場によってさらに加速されるだろう。どのような文学のかたちがその先にあるのか、僕たちは同時代に目撃できるのだし、ひょっとすると自分たちもその流れに加わっていけるかもしれない――そんなスリリングな「いま」を、僕たちはこの小説と分かち合っている。

(ふじい・ひかる アメリカ文学)

【インタビュー】テア・オブレヒト/トラとの出会い、母国への思い 訳/藤井 光

短評

▼Kaori Ekuni 江國香織
とても個人的な記憶から、この小説は始まる。主人公が、祖父と過した時間の記憶だ。その祖父の死が、個人を越えた記憶に、さらには土地や時間のどこかに埋れた物語に、小説を導く。そのつながり、そのひろがり。的確で濃密なディテイルによって、「現在」をはっきりと描きながら、その隙間から幾つものエピソード――人間たち、動物たち――がこぼれ、過去がつねに現在の一部であることや、人生と物語が不可分であることが、鮮やかに示されていく。息づく、というのがまさにぴったりのやり方で、ここには不死身の男やトラの嫁が、いたし、いるし、これからもい続ける。

▼Publishers Weekly パブリッシャーズ・ウィークリー
輝かしいデビュー作だ。オブレヒトは熟練の手つきで、戦後の状況を通じて歴史を描き、人々が抱く愛を通じて人間を描き、持続する物語を通じて土地を描く。彼女がじっくりと作り上げた世界は、たちどころに感じ取れるものであると同時に、書かれたときからすでにひとつの伝説である。オブレヒトは年齢を遥かに超えた才能を持っており、言葉や夢や記憶への、感傷を排した信頼は、喜ばしいものである。

▼The Wall Street Journal ウォール・ストリート・ジャーナル
彼女の倍も生きてきた作家たちの大半は、これほどまでに繊細な構想力を持っていないだろうし、描写力は神懸かり的と言ってもいいほどの特別な才能を感じさせる。

訳者あとがき

 とてつもない才能を持った作家がデビューするらしい――二〇一〇年の終わりごろ、そんな噂がアメリカの文学界を駆け巡っていた。とはいえ、「十年に一人の才能」といったフレーズが毎年のように繰り返される出版業界でのこと、また例によってメディアの誇大広告なのではないか? という声も少なくなかった。そんな意見が出るのも無理はない。なにしろ、噂の的となっていたテア・オブレヒトは、そのときまだ二十五歳だったのだから。
 しかし、二〇一一年三月に発表されたオブレヒトのデビュー作、『タイガーズ・ワイフ』は、そんな懐疑的な意見を完全に吹き飛ばしてしまった。オブレヒトのルーツであるバルカン半島が次々に経験することになった戦争の歴史と、その地域の民間伝承を背景とした幻想が見事に絡み合った本書は、未熟さをまったく感じさせない、めくるめく語りの魅力に満ちた小説だった。それは多くの読者の認めるところとなり、本書はたちまちベストセラーの仲間入りを果たした。さらに批評家たちからの評価も高く、同年の全米図書賞にもノミネートされたほか、イギリスでは女性作家の小説に与えられるオレンジ賞を受賞するなど、国際的にも高い評価を得て、二〇一一年を代表する小説の一つとなった。
 
 またたく間に時の人となったテア・オブレヒトは、一九八五年、当時のユーゴスラビア社会主義連邦共和国の首都(現セルビア共和国の首都)ベオグラードに生まれた。七歳のとき、深刻化の一途をたどるユーゴスラビア紛争から逃れて家族とともに出国し、キプロス経由でエジプトのカイロへ渡り、最終的にはアメリカ合衆国カリフォルニア州に落ち着く。学業優秀だった彼女が南カリフォルニア大学に入学したのは十六歳、アメリカ東部の名門校コーネル大学の大学院への進学は二十歳という早さだった。そのため、年齢について騒がれることにはもう慣れている、と本人は言う。
 家族そろって移住していくなかでの中継地点だったとはいえ、カイロで過ごした期間が、後の人生に大きな影響を与えた、と彼女は振り返っている(そのためか、彼女の短篇にはアフリカを舞台とするものが複数ある)。日常生活で目にする一つ一つの品々の背後にストーリーがあることを知り、その豊かさに魅了された彼女は、自分でも物語を作ってみたいと思うようになり、八歳のときにヤギについての話を書いた。それが初めての作品だった――あとから思えば、そのときから動物にまつわる物語を書く運命だったのかもしれない、とオブレヒトは冗談めかして語っている。
 アメリカに渡り、ロサンゼルスの高校を卒業したオブレヒトは、ニューヨーク州中部のイサカにあるコーネル大学に進学し、同大学院の創作科に進んだ。二〇〇七年、雪に閉ざされた半地下のアパートで創作に取りかかろうとしていた彼女の目は、シベリアのトラについてのテレビ番組に釘付けになった。子どものときからトラを育てていた研究者の妻には、トラを一瞬で落ち着かせる能力があった、という内容のその番組にヒントを得て、彼女は短篇を一つ書き上げた。こうして、『タイガーズ・ワイフ』の核となる、トラと少女の物語が生まれた。
 その短篇を持って意気揚々と創作科の授業に臨んだものの、同じく作家を目指す仲間たちからは辛口の評価しかもらえず、非常に落胆したという。そのときの作品の出来が悪かったことはすぐに理解したが、その物語との特別なつながりを感じていた彼女は諦めず、周囲からのアドバイスなどを参考にしながら書き続け、二〇〇八年の十月には長篇小説をほぼ完成させた。その後、小説の第四章「トラ」にあたる“The Tigerʼs Wife”(短篇として発表するにあたり加筆されている)が「ニューヨーカー」誌に掲載されただけでなく、同誌が二〇一〇年に企画した「注目の若手作家二十人」に最年少で選ばれたことで、オブレヒトは一気に注目を集めることになった。
 一冊の小説も刊行されていない時点でオブレヒトがここまで注目された背景には、現代のアメリカ文学において日増しに強まる、非英語圏出身の作家たちの存在感がある。バルカン半島生まれの作家でいえば、ボスニア出身のアレクサンダル・ヘモンがすでに高い評価を獲得している。それだけではなく、スペイン語圏からはジュノ・ディアスやサルバドール・プラセンシア、ダニエル・アラルコンといった作家たちが次々に登場している。また、ハ・ジンやイーユン・リーといった中国語を母国語とする作家たちの活躍も目覚ましい。二十一世紀に入り、アメリカ文学がかつてないほど「外」に目を向けるようになったなか、二十代半ばのオブレヒトに、その潮流を体現する新世代の最有望株として期待が集まったのは自然な流れだったのかもしれない。そして、ついに姿を現した彼女のデビュー作は、その期待をさらに上回るものだった。
 
『タイガーズ・ワイフ』は、隣国との紛争が終結して間もないバルカン半島の国(国名は伏せられている)を舞台として、医者としてのキャリアを歩み始めたナタリアと祖父の関係を軸に進行する。幼なじみのゾラとともに、隣国にあるブレイェヴィナ村の孤児院での予防接種のボランティアに出かけたナタリアは、その道中で祖父の死を知らされる。祖父は進行する病を隠したまま家を離れ、辺鄙な町で息を引き取った。いったい何のために、彼はそこまで旅をしていたのか? そこから、ナタリアを語り手とする物語は祖父の人生に分け入っていく。
 祖父の思い出を振り返るナタリアの前に、二つの物語が現れる。一つは、戦争に直面するナタリアに祖父が何度か語ってきかせてくれた、謎の男ガヴラン・ガイレとの賭けの物語。そしてもう一つは、祖父が第二次大戦時に子ども時代を過ごしたガリーナ村での、「トラが大好きで、自分もトラになってしまいそうになった」という、ろうあの少女とトラの出会いの物語である。その少女とトラは、自分たちでは一言も語ることはできなかった。そして、祖父もほとんど語らないまま世を去ったため、ナタリアは祖父の死後に各地で聞き込みをして回り、その物語を自分なりに再構成する。こうして、祖父の人生とともに、その背景となるバルカン半島の歴史が少しずつ浮き彫りになっていく。
 物語に登場する脇役の一人一人についても、小説は彼らの来歴を丹念にたどっていく。肉屋のルカ、クマ狩りの名手ダリーシャ、薬屋。ガリーナ村の銃や『ジャングル・ブック』といった品々についても、それぞれの遍歴が語られる。そうして次々に派生していくサイドストーリーは、やがて縒り合わされ、思わぬつながりを作り出し、タペストリーのような奥行きと広がりを持つ物語を作り上げていく。こうしたエピソードを次々に語りながら、一つの有機的な世界として織り上げていくオブレヒトの手腕には、ただ舌を巻くほかない。
 そのような豊かな物語を紡いでいく彼女の文体の特徴は、視点を突然切り替える鮮やかな手つきと、反復によるリズム感にある。ガリーナ村に向かうナタリア自身を描きながら、あるいは「パシャの鏡の間」に入っていく少年の姿を追いながら、語りは唐突に人称を切り替える。それにより、読み手は小説のなかに広がる風景に一気に引き寄せられる。こうして読者と物語の距離感が次々に変化させられると同時に、特定のフレーズが呪文のように繰り返されることで、魔術的とも言えるような、うねるようなリズムが生まれ、物語を突き動かしていく。
 そして、祖父とガヴラン・ガイレとの腐れ縁めいた間柄、そして、「トラの嫁」と呼ばれたろうあの少女の記憶をたどる物語は、紛争後の現代を生きるナタリアの「いま」と、ついに交錯しようとする。そこにはめまいがするほどの緊迫感と同時に、オスマン帝国時代から第二次大戦、そしてナタリア自身が目の当たりにした現代の紛争にいたるまでのバルカン半島の経験がもたらす哀しみがにじみ出てくる。優れた小説がもたらしてくれるその感覚を、読者のみなさんにも感じていただければと思う。
 
 この物語に作者オブレヒトの経験を読み取ることはたやすい。舞台となる国の名前は明らかにされないが、彼女が七歳まで生活していたベオグラード(彼女の祖母はまだ当地に住んでいるという)での経験が色濃く影を落としていることは間違いない。また、アメリカで大学に進学する時期に、親しかった祖父を亡くしていることにも、オブレヒトは各種のインタビューで言及している。ただし、彼女がそれと同時にいつも強調するのは、『タイガーズ・ワイフ』を自伝的な小説として書くつもりはなく、死や戦争という主題をめぐって、自身の感情にあくまで率直に書いていった結果だという点である。旧ユーゴスラビアを襲った戦争を描いてはいても、歴史における特定の出来事としてではなく、「人間の物語」を書きたかった、という彼女の手により、単なる時代の証言にとどまらない、歴史と奇想が絡み合った、豊穣ともいえるような小説が生まれることになった。
 本書の特色として、「マジックリアリズム」という言葉を思い浮かべる読者の方も多いのではないだろうか。バルカン半島やドイツなどの民話を基にして作り上げられた登場人物ガヴラン・ガイレをめぐるエピソードの数々は、独特の陰影を帯びた幻想性に満ちている。オブレヒト自身が、もっとも好きな作家としてミハイル・ブルガーコフ(『巨匠とマルガリータ』へのオマージュはあちこちに見え隠れしている)とG・ガルシア=マルケス(『コレラの時代の愛』)の名前を必ず挙げていることからも分かるように、彼女がマジックリアリズムの系譜に連なる現代の作家であることは間違いない。その他、オブレヒトが敬愛の念をこめて挙げる作家たちには、『ハザール事典』の作者であるミロラド・パヴィチやノーベル賞作家イヴォ・アンドリッチといったバルカン半島出身の作家に加え、イサク・ディーネセンなどがいる。
 このあとがきを書いている時点では、アメリカで『タイガーズ・ワイフ』が刊行されてから一年四ヵ月近くが経過しているが、本書が巻き起こした興奮はまだ冷めておらず、いまだに読者を増やし続けている。デビュー作がここまで騒がれると、今後の創作活動にどれほどのプレッシャーになるかと心配になってしまうが、作者本人は落ち着き払っており、すでに新作小説を執筆中である。『タイガーズ・ワイフ』と似た土地が舞台になるという第二長篇について、本人はデビュー作と同じくらい思い入れのある物語にできそうだ、と自信を見せている。その全貌はまだ明らかになっていないが、第一作でこれだけの才能を披露したうえに、優れた短篇の書き手でもあることを証明してきた彼女だけに、次回作の発表が近づけば、また様々な噂が駆け巡ることは確実だろう。そして、そうした雑音をすべて一掃するような物語が僕たちのもとに届けられることも間違いない。
 
 僕たちの過去には、地下水脈のように、表には出ないまま流れ続ける物語が、語られることを待ち続けている――オブレヒトの小説と接しているあいだ、そんな思いが僕の頭から離れなかった。たとえば、僕の父方の祖父。生前の祖父は、中国やインドネシアで見てきたことを幼かった僕にはわずかにしか語らなかった。それは従軍していたときの記憶で、祖父が諜報員として各地に派遣されていたのだと僕が知ったとき、祖父はもうこの世の人ではなかった。祖父は何かの物語を僕と共有したいと思っていたのだろうか。そして、その物語のなかにも、けっして自分では語ることができなかった人々の姿があるのだろうか。
 今の僕には、そうした物語を追いかけていくだけの力はない。でも、『タイガーズ・ワイフ』という小説をいま共有することができる仲間がいることは、僕にとってはなによりも貴重な財産になっている。ダニエル・アラルコンの『ロスト・シティ・レディオ』に続き、原書を読んで惚れ込んだ僕の気持ちを受け止めてくれて、本書の企画に尽力してくださった新潮社出版部の佐々木一彦さんに、まずは感謝したい。バルカン半島の文化や慣習に明るくない訳者に的確な助言を下さった校閲部の方にも、この場を借りてお礼を申し上げたい。そして、この本を手に取っていただいている読者のみなさんとも、一冊の本、一つの物語を共有できることは、本当に幸せなことだと思う。
 そして何よりも、僕の妻にこの翻訳を捧げたい。僕たちが共有してきたもの、そしてこれからも共有していくものは、僕が作っていくことのできるもっとも美しい物語だろうから。

  二〇一二年七月 京都にて

藤井 光

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