現代アメリカ文学の傑作中の傑作、トルーマン・カポーティ『遠い声、遠い部屋』が村上さんの新訳で刊行されることになりました。(単行本初訳1955年、新潮文庫改版1971年)。
今年4月13日に長編小説『街とその不確かな壁』を刊行したばかりの村上さんですが、小説執筆と同時進行でカポーティ作品の新訳に取り組んでいたことになります。
『ティファニーで朝食を』(今年の「新潮文庫の100冊」プレミアム・カバー本!)の新訳をはじめ、村上さんはカポーティの翻訳を手がけてきました。
『遠い声、遠い部屋』は、23歳のトルーマン・カポーティが華麗な文体を駆使して描いた初めての長編小説で、その恐るべき才能を世に知らしめた作品でした。1947年のクリスマス・シーズンに刊行され、すぐに「ニューヨーク・タイムズ」のベストセラー・リストに入りましたが、賛否相半ば、毀誉褒貶(きよほうへん)のはげしい作品でもありました。村上さんは、このカポーティの魅力を「訳者あとがき」にこう書いています。
「大学に入って、この『遠い声、遠い部屋』を読んだ(河野一郎訳・新潮社刊)。……この小説を読んでいると、まるでジェットコースターに乗ってお伽の国を旅しているような感覚に襲われる。不思議な情景、不思議な人物たちが次々に登場し、その像が大写しになり、色合いを変えて微妙に歪み、そして霞んで消えていく。……」
8月号の「波」では、この小説を愛読してきたという作家の島本理生さんが、作品の魅力と新訳について、こう評しています。
「私が河野一郎訳『遠い声 遠い部屋』を手にしたのは、主人公のジョエルと年齢が近かったことから、1990年代半ば頃と記憶している(文庫の奥付は、昭和四十六年発行)。当時すでに古風に感じた言い回しは、私をアメリカ南部の田舎町へと誘い、圧倒的な瑞々しさと夏の陰影を残した。……新しい読者はもちろん、今あらためてこの小説は素晴らしいと思える機会に恵まれることは、かつての愛読者にとってギフトである」
アメリカ南部を舞台に、主人公ジョエル少年の感情と心理を描いたこの半自伝的なデビュー長編は、村上春樹さんや島本理生さんだけでなく、世界中の読者にとって新鮮であり続けます。
旅行者はヌーン・シティーに行くうまい方法をなんとか自力で見つけなくてはならない。というのは、その方角に向かうバスも列車も存在しないからだ。
小説のこの書き出だしに心を掴まれ、しだいにカポーティの世界へ――。
夏休みに読みたい本はたくさんありますが、「夏の一冊」に最適な作品だと思います。
(『村上さんのところ』縁の下チーム)