2月に発売されたピクチャーブック『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』は、1983年に発表された短編2編に、村上さんが新たに手を入れ、台湾の人気イラストレーター高妍(ガオ・イェン)さんがオリジナルの絵を描いたユニークな一冊です。

春らしいタイトルの表題作は、著者自身も朗読することの多い人気の短編。また、もう一つの短編「鏡」も国語の教科書に採用されるなど、多くの読者に愛されてきた作品です。
村上ワールドの魅力がつまった小説と絵のコラボレーションをお楽しみください。

さて、来月4月には、いよいよ1200枚の長編『街とその不確かな壁』が上下2巻で文庫化され、発売されます。
この長編は、17歳の「ぼく」と16歳の「きみ」の出会いから始まります。こんな風に――
「きみがぼくにその街を教えてくれた。/その夏の夕方、ぼくらは甘い草の匂いを嗅ぎながら、川を上流へと遡っていった。……」
きみが語る高い壁に囲まれた“街”とは何か。〈古い夢〉が並ぶ図書館、石造りの三つの橋、針のない時計台、金雀児(えにしだ)の葉、角笛と金色の獣たち、影を持たない人々……。
まさに、「100パーセントの村上ワールド」、村上文学の原景となった物語です。

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じつは、この作品は著者にとって特別な意味を持つ小説です。巻末には(文庫版では下巻の最後)、例外的に著者のあとがきがあり、小説の成立事情が明かされています。
著者は1980年に中編小説「街と、その不確かな壁」(文學界)を発表しますが、その後、この作品を封印してしまいます。
しかし1985年、その主題を発展させた壮大な長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(純文学書下ろし特別作品、新潮社。谷崎潤一郎賞受賞)が刊行されます。幻想世界と冒険活劇の二つのストーリーが展開するこの長編に描かれたのが、「世界の終り」の“街”でした。人々が影を持たない「謎めいた街」は、世界中の読者を魅了し、今も多くのファンが愛読しています。
今回文庫化される長編『街とその不確かな壁』は、40年の歳月を経て、著者がその文学的原点である“街”に立ち戻り、新たな物語を構想し、完成させた渾身の小説です。
主人公は〈夢読み〉として幻想の街にとどまるのか、〈影〉を取り戻して壁の外に立ち戻るのか――。封印が解かれた謎の街の物語をぜひお読みください。

(担当編集者より)