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[→]村上RADIO - TOKYO FM 80.0MHz |
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[あとがき全文公開]
孫 正義/こんなスケールの大きい日本人が本当にいた
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「日本ファンタジーノベル大賞2018」に輝いた 伝奇時代小説の傑作
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営業担当役員の伊藤幸人です。
日本ファンタジーノベル大賞って、ご存知でしょうか。1989年に創設された公募方式の文学賞ですが、大賞、優秀賞の栄冠に輝いた作家だけでなく、候補になった作家も含めると、恩田陸さん、鈴木光司さん、小野不由美さん、森見登美彦さん、畠中恵さん、仁木英之さん、越谷オサムさん、西條奈加さんなど、当代一流のベストセラー作家を数多く輩出した新人の登竜門です。
2013年で一旦は休止しましたが、2017年に再開して、その復活第一回の受賞作が柿村将彦さんの『隣のずこずこ』でした。そして今回「日本ファンタジーノベル大賞2018」を受賞し、刊行された作品が大塚已愛さんの『鬼憑き十兵衛』という伝奇ファンタジーです。
時は徳川時代が始まったばかりの十七世紀の初め。主人公は、熊本藩細川家当主の剣術指南役だった松山主水(実在の歴史上の人物)を父に持つ「十兵衛少年」。松山主水が、熊本藩の前当主加藤家の家臣たちに暗殺されてしまうところから物語はスタートします。「十兵衛少年」は得意の剣術で、その暗殺者たちを次々を倒しますが、その暗殺者集団の背後に、さらに大きな勢力が存在しているのを知り、復讐心に燃えます。面白いのは、この「十兵衛少年」に憑りつき、復讐劇の手助けをするのが、絶世の美貌を持つ僧侶の姿を取った「鬼」であること。この二人の絶妙なコンビによって、壮大な復讐劇がドラマティックに展開していきます……。
『鬼憑き十兵衛』の作品的魅力を高めているのが、歴史的な事実に基づきつつ、大胆な空想ファンタジーを盛り込んでいるところです。虚実が入り交ることで作品的な深みが増し、エンターテイメントとして楽しめる伝奇小説に仕上がっているのです。
デビュー作品にも関わらず、その作家的力量の確かさに選考委員全員(萩尾望都さん、恩田陸さん、森見登美彦さん)が絶賛。大型新人作家の誕生を大いに期待してください。
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イラストレイターの朔、ライターの登紀子、専業主婦の鈴子――50年前、出版社で出会った三人の女たちが半生をかけ、何を代償にしても手に入れようとした〈トリニティ〉とは?
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[第一章 試し読み]
トリニティ (trinity)
三重、三組、三つの部分。定冠詞が付いた大文字で始まるthe Trinityはキリスト教における三位一体を意味する。
実在の人物や雑誌などから着想を得ましたが、本書はフィクションです。
1
「今日もまた生きたまま目が覚めたか」
七十二歳の鈴子は瞼を開けた瞬間に昨日の朝と同じことを思った。
暖房をつけていない寝室で布団から出した顔だけがひんやりと冷たい。
掛け布団から両腕を伸ばしておもいきり伸びをした。右膝の関節がこくっと鈍い音をたてる。あおむけのまま全身を伸ばしたあと、ゆっくりベッドの上に起き上がって、膝を曲げて座り、顔を敷き毛布に埋めて、両腕をできるだけ前に伸ばす。ベッドの上で体を伸ばしたあとは、さらに立ち上がって体を伸ばす。全身の筋肉を伸ばし体に血を巡らせる。
内側がムートンのルームシューズに足を入れ改めてゆっくり立ち上がると、ベッドを簡単に整えた。リビングに向かいカーテンを開ける。ベランダに置いたビオラの鉢からこぼれるような紫の花弁が風に揺れているのが見えた。日差しには春の気配があるが風は冷たそうだ。鈴子のマンションは八階建ての七階で前には遮るような建物もなかったから、空が広く見えた。その景色だけでこのマンションを選んだようなものだった。東京の真冬の空らしく雲はなく、濁りのない青がどこまでも広がっていた。
キッチンに向かい電気ケトルでお湯を沸かす。その間に寝室に戻り着替えを済ませた。五年前に夫が亡くなり、この1LDKのマンションに引っ越してきたときに衣類のほとんどは整理してしまった。あと十年くらい。鈴子は自分の残り時間に見当をつけている。
洗面所に行き、顔を洗い歯を磨く。鏡に映る顔は昨日より老いているはずなのに、なぜだか今日は昨日よりも顔色が良かった。化粧水と乳液を顔だけでなく顎の下や耳の後ろまで丁寧に塗り込み、さらにBBクリームを塗る。眉毛だけは小さなコンパクト型の拡大鏡を手にしながら描いた。白髪の髪をブラシでとかし、ぼんのくぼあたりでおだんごにし、いくつかのピンでまとめた。髪の毛はもうずいぶん長い間切ったことがなかった。鈴子くらいの年齢になると、手入れも面倒といって短く切ってしまう友人も多かったが、鈴子は男か女かわからないような短い髪が嫌いだった。服装だって男か女かわからないのに髪の毛も短くしてしまったら、ますます性別がわからなくなる。ずっと昔に見た映画『八月の鯨』に出てきたリリアン・ギッシュに憧れていた。家の前にあるポーチでリリアン・ギッシュは長い白髪をといていた。
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冷蔵庫の中から卵とヨーグルトと牛乳を出した。フライパンで目玉焼きを作り、くるみパンをひとつ温める。コーヒーメーカーで作ったコーヒーをマグカップに注ぎ、牛乳を入れる。りんごを半分に切って、半分は皮をむき、残りはラップにくるんで冷蔵庫にしまった。目玉焼き、パン、緑黄色野菜、フルーツ、ヨーグルトにカフェオレ。一人になってから、よっぽどのことがない限り、朝食のメニューは変わらない。決めてしまったらあれやこれやと悩まなくなった。
夫が生きているときは、食にうるさい夫のために洋食と和食を交互に朝食に出していた。もっと昔、子どもがまだ小学校に入る前は、食の細い長女のために朝から海苔巻きを作ったり、野菜嫌いの長男のために前の晩から圧力鍋でスープを仕込んだりもした。いくら若くて力が漲っていたとはいえあんなことがよくできた、と今になって思う。食材を買い、料理を朝昼晩と作って食べさせたけれど、それで家族の健康な体を作ったという自負もない。あんなに気を遣っていたって夫は体中をがんに侵されて死んだのだ。けれど、毎日変わらない、自分一人だけで食べる朝食が、鈴子はとても好きだった。今、鈴子の心のなかは自分でも意外なほど穏やかな平安で満たされていた。
携帯が鳴ったのは使った食器をシンクに運んでいるときだった。一人でいるのに、はいはい、と声に出して言いながら濡れた手をタオルで拭き、ダイニングテーブルの上にある二つ折りの携帯を開いた。発信者の名前はなく携帯番号だけが画面にある。誰だろう、と訝しげに思いながら電話をとった。
「あのね、亡くなったのよ朔さん。おとといの夜」
電話を少し耳から離さないといけないくらいの大きな声だ。興奮しているのがわかる。
「え、さくさん、て」
「イラストレーターの早川朔よ。あなた親しかったでしょう」
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『トリニティ』窪美澄/著
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