編集長から 「新潮」二月新春号
天才と屑
夭逝したイギリスの浪漫派詩人ジョン・キーツと出逢
って、その魅力の虜になったのが、旧制三高校時代。以
来六十年を越えて切々たる思慕を寄せてきた青山光二氏
は、年上の人妻イザベラ・ジョーンズとの謎の一夜を故
地に再現する華麗なタイム・トラベル、「美よ永遠に─
─Keats,my genius」三〇〇枚を、完成しました。まも
なく八五歳を迎える氏の驚異的な清新さが匂いたつ名品
です。
天才キーツに対して、町田康氏は「人間の屑」 (一九
〇枚) を描きます。大阪弁を駆使した奔放な語りが、た
ちまち読者を爆笑の渦に巻き込みますが、この禍々しい
までに徹底した「下降」意志は、不透明な現代と対峙し
て一歩も退けをとりません。天才であれ屑であれ、小説
の基本はやはり「人物」 (司修氏の同題の短編も併載)
と納得させてくれます。
チェコの作家チャペックやハシェクの翻訳で知られる
栗栖継氏の「わが山々にもはや雪は降らなくとも──フ
チーク研究の一こま」は、もともと昨年の新潮新人賞に
応募されてきた作品。八七歳と高齢ながら、文学への初
心と情熱がひしひしと伝わってくる力篇で、編集部全員
一致で通常号での掲載を決めました。他に、評論はヨシ
オ・イワモト氏「『永遠の都』讃」と藤井貞和氏「赤い
糸のうた」。「B00ks in my life 」 (第一回は小島信
夫氏) ほかのコラムも新設しました。
なお、昨夏本誌が発掘した島尾敏雄「加計呂麻島敗戦
日記」に続いて、その折発見された小説「過程」と、エ
ッセイ「後姿」「妻のふるさと」を未発表作品として掲
載したところ、当方のミスで「過程」は既発表であるこ
とが判明しました。お詫びして訂正します。
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