編集長から 「新潮」5月号
「光の雨」が降る
連合赤軍事件を小説化した立松和平氏渾身の長篇が完
結しました。事件後五十年、死刑廃止で出獄、いまは死
の床にある主犯の一人玉井潔が、アパートの隣室に住む
予備校生阿南満也と、その女友達美奈に向かって、同志
が次々に「総括」で命を失う一部始終を告白するという
形式は、「革命」に憑かれた青年たちを未来から鎮魂す
ることで、この陰惨な主題を普遍化するのに成功してい
ます。ラスト、玉井が自らを断罪するなかで、表題の
「光の雨」が降るシーンは真に感動的です。ここで始め
て、読者はこの小説がブッダとアーナンダの最後の問答
「如是我聞」を踏まえての作品化であることに気付かれ
るでしょう。戦後の巨きな転換点となったこの事件と真
正面から取組み、同世代者として魂の記念碑を完成した
作者に、心からの敬意を表します。
地下鉄サリン事件、酒鬼薔薇事件と、人心は荒廃する
一方ですが、その震源地はやはりアメリカにあるようで
す。小特集「ハロルド・ジェフィ──世紀末の異端児」
は、凶暴なセックスと犯罪に喘ぐ、ジェフィの過激な文
学世界を紹介。小説は他に津島佑子氏「魔法の終わり」
と、伊藤比呂美氏「ハウス・プラント」一五〇枚。後者
は離婚後子連れでアメリカに渡り、新たな同居人と始め
た生活の中で出合う困難を、ユニークな視点から語る意
欲作。評論は野口武彦氏「江戸文学の地下水景」と冨家
素子氏「上田万年覚書」。
念願の対談が実現して精神の贅沢を伝えるのは、白洲
正子・福田和也氏の「日々と地獄大菩薩」。純文学・大
衆文学を問わず戦後の歴史時代小説短篇の傑作を選りす
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