編集長から 「新潮」6月号
パリに開花する才能
大戦間のパリは世界各地から蝟集した若い芸術家たち
が競って生命を燃焼させた今世紀文芸揺籃の地ですが、
金子光晴・森三千代夫妻が三角関係に悩みながら、極貧
の旅を重ねて上海からマレー蘭印を放浪し、ようやく落
ち着いた先もパリでした。折から藤田嗣治はモデルのユ
キとの別れを予感しており、両者の親密な交流は互いの
才能の開花に十分な刺激を与えます……。今月の巻頭一
挙掲載は、異邦の日本人芸術家群像を多角的に描いて、
その濃やかな息づかいを伝える清岡卓行氏「パリに結ぶ
夢の深さ」四七〇枚。最良の書き手が、延べ十年間執筆
にうちこんだ連載大河小説「マロニエの花が言った」は、
本篇を以てめでたく完結しました。
最も完成度の高い短篇を表彰する第二十五回川端康成
文学賞は、村田喜代子氏「望潮」。つの字の下に二本の
短い足がついた老婆が箱車を押しながら、あとからあと
からカニのように這い出てきて、補償金目当てにタクシ
ーに突っ込んで死んでいくという情景が、一読忘れがた
い喚起力を持っていて、粒揃いの他の候補作を圧倒しま
した。同時掲載の「夜のヴィーナス」は、その村田氏の
受賞第一作。司修氏の短篇「模写」も、喚起力の強さは
画家ならではのものでしょう。
評論は、新之介初役の弁天小僧に同居する凶暴さと美
しさに現代を見る渡辺保氏「二十一世紀の歌舞伎」。
「日の果てから」「かがやける荒野」「恋を売る家」三
部作に、沖縄の「戦争と文化」を彫琢した大城立裕氏
「『地域』から普遍へ」。竹西寛子氏「桜が咲いた」。
井上義夫氏「記憶の埋火」一三〇枚は、「村上春樹の
『宇宙』」の最終篇です。
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