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編集長から  「新潮」9月号
夏の炎
 夏といえば怪談がつきものだが……と始まるのは、増
田みず子氏「火夜」四八〇枚。盛夏の読書にふさわしい、
怖くて胸さわぐ、小説の醍醐味に溢れた逸品です。葛飾
の宿場町の顔役だった一族の六代にわたる血の秘密──
─幕末の皆殺し伝説から、近親者に夥しい変死・劇死ま
で、炎に焼かれる「孤細胞」たちの「百年の孤独」を、
その末裔である作者が透徹した眼で捉えた本篇は、従来
のどちらかと言えば繊細で内向的な増田作品から、一転
して、スケールの大きな劇的な文学へと、見事に脱皮し
ました。
 辻征夫氏「黒い塀」は、川端賞の最終候補作に残って
評価の高かった「遠ざかる島」に続く小説第二作。回顧
を現在進行形で表現する工夫が光ります。筒井康隆氏
「作中の死」、司修氏「絵具」も、作者の個性鮮やかな
佳篇。
 河合隼雄氏と松岡和子氏の対談「夏の夜の夢」は、ご
存じシェイクスピアの劇作(ミッド・サマーは真夏では
なく、夏至を指すとのことです)を入口に、夢と無意識
の奥深さを語ります。
 評論は中沢新一氏「GODZILLA対ゴジラ」と建畠皙氏
「耳なし芳一異聞」。前者は現在上陸 (上映) 中のアメ
リカ映画に見るそれと元祖ゴジラを比較対照して、西欧
の原理と日本の神話的思考に説きおよび、後者は般若心
経の書かれなかった両耳に対して、文字が復讐するのは
なぜか蘊蓄を傾けます。文芸時評は、今号より山口昌男
氏が登場。竹西寛子氏の連作随想「山河との日々」は最
終回で、故郷広島の穏やかに暮れてゆく空に、半世紀以
上前の「夜半になってもいっこうに暮れない空」を重ね
て、静かに幕が下りました。