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火夜
増田みず子
夏の部

 夏といえば怪談がつきものだが、どんな家にも、ひと
つやふたつは、代々伝わっている怪談めいた因縁話があ
るものだろう。私の家にも、おかしな話がいくつか残っ
ている。
 増田を名乗る父方は、何だか秘密の多い一族で、私は
あまり好きではない。秘密が多くなった原因のひとつは、
代々、男女関係にだらしなかったからである。正式に結
婚する者が少ないので、母親の名前すらわからない子ど
もがたくさん生まれた。誰と誰は外見的には親子だが実
はきょうだいであったり、誰と誰は本当は血がつながっ
ていなかったりする、という話は枚挙にいとまがない。
そのために不幸な一生を送ったと思われる人物も少なく
ない。
 私自身もそうだが、かれらは、人生に対してどこかま
じめでない。まじめそうに見えるのは外見だけで、中身
はそうでもない。どうまじめでないかは人それぞれだが、
概して、一途なところがないのである。幸福な家庭を築
く能力が欠如しているように私には思われる。
 父が死んでしまった今は、私も妹も結婚して別の姓に
なっているので、増田の姓を名乗る者は、母一人だけに
なった。しかし、近々、妹が離婚しそうな気配なので、
あとはどうなるかわからない。妹には女の子が二人いて、
その子たちも将来は増田の姓を名乗る可能性がまったく
ないとはかぎらない。妹はなぜか、増田の姓を、将来、
女の子の一人に継がせてもいいと、何年か前、父にいっ
たことがあるらしい。そのとき父は、名前など消えるな
ら消えてしまった方がいい、増田の名前など継いでもら
わなくて結構だときっぱり断ったということだ。しかし
その同じ父が、私が結婚して入籍したと報告したときに
は、本当に籍を入れたのかと驚いていた。私がそんなふ
うにまじめな結婚をするとは予想していなかったのだろ
う。私は五つ年下の妹より五年遅く、三十八歳で結婚し
た。そのとき妹には、二人の娘が生まれていたが、もう
次の子は生めないと医者にいわれる体になっていた。
「これで増田の名前は我々の代でとぎれるわけだ。昔か
らずっと続いてきたものが自分の番でお終いになるのは、
それなりに複雑な心境のするものだね」
 父は、少しさびしそうな顔を見せてそんなことをいっ
た。たしかに複雑な心境だったのだろう。それまでは、
心境などを子どもの前で口にする人ではなかった。
 せっかくとぎれるものを、またつなげるという法はな
い。妹にはなるべく離婚してもらいたくない。
 私には子どもはいない。できなかったともいえるし、
つくらなかったともいえる。妹の場合は子どもができて
結婚した。妹とは、ある事情があって、近頃はほとんど
絶交状態になっている。年に一度だけ、二人の姪のうち、
上の子が心のこもった年賀状をくれる。私も彼女に書く。
それだけのつきあいである。下の姪は私には興味がなさ
そうで、何かをいってきたことは一度もない。
 自分の知っている秘密を伝える相手のないのは、さび
しいことだ。もし私に子どもがいたら、聞けば傷つくに
ちがいないから、けっして話したりしないだろうが、そ
んな子どももいないのに、せっかくの面白い話を誰にも
うちあけずにいるのは、何だかくやしい。