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連作『地震のあとで』その一
UFOが釧路に降りる

村上春樹

 五日のあいだ彼女は、すべての時間をテレビの前で過
ごした。銀行や病院のビルが崩れ、商店街が炎に焼かれ、
鉄道や高速道路が切断された風景を、何も言わずににら
んでいた。ソファに深く沈み込み、唇を固く結び、小村
が話しかけても返事をしなかった。首を振ったり、うな
ずいたりさえしなかった。自分の声が相手の耳に届いて
いるのかいないのか、それもわからない。
 妻は山形の出身で、小村の知る限りでは、神戸近郊に
は親戚も知り合いも一人もいなかった。それでも朝から
晩までテレビの前を離れなかった。少なくとも見ている
前では、何も食べず、飲まなかった。便所にさえ行かな
かった。ときどきリモコンを使ってテレビのチャンネル
を変えるほかは、身じろぎひとつしなかった。
 小村は自分でパンを焼いてコーヒーを飲み、仕事に出
ていった。仕事から帰ると、妻は朝と同じ姿勢のまま、
テレビの前に座っていた。仕方なく冷蔵庫の中にあるも
ので簡単な夕食を作って一人で食べた。彼が眠りにつく
ときにも彼女はまだ、深夜ニュースの画面をにらんでい
た。沈黙の石壁がそのまわりを囲んでいる。小村はあき
らめて、声をかけることさえやめてしまった。
 五日後の日曜日、彼がいつもの時刻に仕事から帰って
くると、妻の姿は消えていた。