現代のアンティオキア(アンタキア)の地図と写真
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アンティオキア


 現在はシリアとの国境近くにあるトルコ国内のわびしい町の一つでしかないが、古代ではエジプトのアレクサンドリアと並ぶオリエントの二大都市の一つであった。地中海世界を囲む古代ローマ時代の地図では、ローマ、コンスタンティノープル、アレクサンドリアと並ぶ代表的な都市の一つとして、特別な記号つきで表現されている。

「アンティオキア全体を囲む城壁は高々とそびえ立ち、全長は十二キロに及ぶ。ローマでも二十キロであった時代の十二キロだ。しかもビザンチン帝国最盛期の皇帝ユスティニアヌスによって徹底的な補強が成されていたので、城壁の強度ならば、そのような幸運に恵まれなかったローマより優れていただろう。(中略)疲れきって到着した十字軍の兵士たちが、これでは陥落など不可能だと、絶望したのも無理はなかったのである。だが、士気ならば高かった。このアンティオキアを陥(お)としさえすればその先に、イェルサレムが解放されるのを待っている、という想いであったのかもしれない」(『十字軍物語1』101-102ページ)