![]() | 23:58 渋谷-表参道駅 |
神様が僕の願いを叶えてくれたということか。 いや、「女って気楽でいいよな」のひとことが、フェミニストの神様の怒りを買ったのかもしれない。 今朝、目覚めると徹也は女になっていた。目覚めた瞬間からはっきりとした違和感があった。天井の色がいつもと違っていた。いつもはじっとり湿っている布団が、なぜかふかふかしていた。毎朝ガンガンと響いてくる隣の部屋の下手なギターの音がまったく聞こえてこなかった。 少しだけ頭が冴えてきて、ようやく覚えのない部屋に寝ていることを悟った。部屋中ピンクの装飾――枕元にはクマのぬいぐるみ――本棚には赤毛のアンや若草物語など、若い女性が好みそうな小説がずらりと並んでいた。 徹也は慌てて記憶をめぐらせた。 昨日は坂本から電話があったあと、ビールを飲んで眠りについたはずだ。泥酔するほど酒は飲んでいない。へべれけになって、見知らぬ女性の家に押し入ったわけではないだろう。 となると、ここは一体――。 ベッドから起きあがり鏡の前に立った徹也は、そこに映っていた見知らぬ女性の姿に呆然とした。顔に手を当てると、鏡の中の女性も僕と同じしぐさをした。鏡の中の女性は徹也自身の姿だった。 「嘘だろ?」と呟き、その声を聞いてさらに愕然とした。徹也の発した声は女性のように甲高かった。いや、まさしく女性の声そのものだったのだ。 慌てて鏡の前を離れたが、ピンクのネグリジェが足に絡まり、そのまま尻餅をついてしまった。どすんと大きな音が響き渡り、クマのぬいぐるみが床に転がり落ちた。 「美智子、どうしたの? ママ、びっくりするじゃない」 慌ただしい足音が聞こえ、化粧の途中らしい中年女性が部屋に飛び込んできた。徹也のまったく知らない人だった。 「な、なんでもない……」 「そう? それならいいんだけど……」 怪訝そうな顔をしながら、彼女は部屋を出ていった。 徹也は洋服ダンスからできるだけ普通の服を選び、それを身につけて、家を飛びだした。なにがなんだかわけが分からず、不安で仕方がなかったが、とにかくなにか行動を起こさなければ、頭がおかしくなってしまいそうだった。 電車が停車した弾みで、徹也はバランスを崩し、思わず床に右手をついていた。電車の中で四つんばいに近い格好になったのはみじめだった。徹也は慌てて辺りを見回した。 「おめえ、バカかよ」 ジャンパーの男がそんな言葉を口にした。徹也の全身がかっと熱くなった。怒りと恥ずかしさが入り混じり思わず拳を握っていた。 ドアが開き、先に女性が、続いてその女性の恋人と思われる男性が乗り込んできた。二人はなにやら囁き合いながら、座席に腰を下ろした。幸せそうなカップルに見えた。 祐子もあいつとこんな風に――。 みじめだった。 どうしようもなくみじめだった。 |
![]() | ジャンパー の男 |
![]() | 女性 | ![]() | その女性の 恋人と思われる 男性 |