ひーっ、ひー、と延原は声を上げて笑った。 沢井も、腹をよじるようにしてブリーフケースをパタパタ叩いている。 「でさ、第三に行ってマンテックビル関係の資料を持ってきてくれって課 長に言われたわけよ」 笑いながら延原は続けた。 「マンテック……ああ、去年木更津に建てたヤツですね」 「そうそう。そしたら、あの丸山知子、どこに行ったと思う?」 言って、延原はまた笑いこけた。 「どこです?」 「コンピュータ室」 「へ……?」 「コンピュータ室。第三をね、電算だと思ったらしいんだよ」 「電算! そうか、なるほど。第三と電算!」 「あの子、電算室に行ってさ、あのー、マンテックビル関係の資料くださ い!」 ひーっ、ひっひっひ、と延原は沢井の肩を叩いた。沢井がまたブリーフ ケースをバンバン叩く。延原は沢井の肩を叩き、沢井はブリーフケースを 叩き続けていた。 延原は、笑いながら沢井を眺めていた。 沢井は、声を出さずに笑う。大きな口を開けて笑うが、笑い声はまるで 出てこない。ただブリーフケースを叩くだけだ。 これならうまくいくかもしれない……と、延原は思った。 とにかく、せいぜいこの男を楽しませておくことだ。いまのところ、ニ セの出金伝票を一枚書かせただけだが、一度これを覚えれば、あとは堤防 が決壊するみたいに伝票の乱発を始めるだろう。 いや、始めなかったとしても、オレが乱発させてやる。 「あの課長も、ズーズー弁入ってますよね。ダイサンがデンサンに聞こえ てもおかしくない」 「そうなんだけどさ。考えればわかるじゃないか。マンテックの資料を、 どうして電算室にもらいに行くの?」 「見方によっちゃ、可愛いですよ。あのー、マンテックビルの資料くださ い!」 「可愛い? うん、そうね。あの子、いいね。酔っ払うともっといいけど」 「酔っ払うと? 飲むんですか? 彼女」 「いや、それがほとんど飲めないんだよ。あっという間にベロベロ」 「……いっしょに飲んだこと、あるんですか?」 「あるよ。あれ……ああ、そうか、沢井君、入る前だ。君といっしょじゃ なかったな、あの忘年会は」 「忘年会」 「そ。もう、ほとんど意識なくってさ。オレ、彼女かついで送ってったん だから」 「へえ」 「それがさ」と、延原は、笑いながらまた沢井の肩を叩いた。「なかなか、 いいボディしてんだよな、あの子」 「ボディ」 ひっひっひ、と延原は笑いながらうなずいた。 シューッ、という音がして、電車のドアが閉まった。 「出発、進行!」 延原は、一声叫んだ。 |
![]() | 沢井 清 |